絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「今日はちょっと忙しいですね」
 聞きながら、側のパイプ椅子に香月は腰掛けた。
「うーん、まあまあかな。それより今日は荷物が多いからな。それが晩までにはけないかもしれない」
「私、後から行きましょうか?」
「いや、いい。それより、カウンター周辺で伝票チェックしておいて」
「はい」
 ここがオープンする前、入社したての頃は小さな店で、伝票処理や小物販売、店舗パソコン処理、倉庫整理など全てこなしてきた。それを知っている宮下は香月を自由に使うけれど、まあ、自分の立場はわきまえておきたいと思う今日この頃だ。ついつい、役職陣に近づきすぎてしまうと、お局様達から妬まれかねない。
「それと、リサイクル券の入力……」
「それ、午前中にやりました」
「そうか」
「昨日溜まってるって言ってましたから」
「いや、言ったけど、朝はわりと忙しかったから」
「ちょっと時間ができたんです」
「そうか……あれだな。ここもできた頃、よくローラースケートがほしいって皆言ってたな。昨日第2倉庫まで2回往復して思い出したよ」
 宮下は、長机に書類を置くと、そのまま出ようとする。香月はそれに合わせるように、足を動かした。
「ローラースケートじゃなくて、ブレートですよね?」
「え? どこが違うんだ?」
「知りません?」
「……まあ、1回りも離れてたら仕方ない」
「スケートとブレートの違いは、帰って奥様にでも聞いてみてください」
「それ嫌味?」
「え?」
「俺は独身だよ」
「えーーーーーー!!」
「びっくりしすぎ」
「そうなんですかぁ! えー、でも、えー……確か西野さんが、年下の若い奥様がいるとかなんとか」
「でたらめだよ、あいつのことだから」
「まあ……そう言われてみればそうだけど」
「ただ今恋人募集中」
「なんか冗談に聞こえませんね」
「……早く休憩行け」
「はーい(笑)」
 元気よくスタッフルームの扉を開ける。そこには、午後五時を過ぎたというのに、十数人がまだ昼食をとっていた。その一角を目指して香月は、当然のように腰掛ける。