「あ、これ美味しい!!」
「これ?」
 榊は香月と同じように、イカの和え物を一口食べる。
「そうだな」
「ね? やっぱり高級なところは違うなあ、なんかどれ食べても美味しいね」
「(笑)。そうだな(笑)」
「なんでそんな笑うの?」
「いや(笑)。若いなあ……いや、違うか……。昔と、あんまり変わってないなあ、と」
「そう?」
「大学生の頃と……まあ、年もまだ若いからかな」
「そうかな……。でもそんなことないよ。中身はだいぶ大人になったから」
「そうか……」
「……榊はどう? 私と別れて……それから……大人になった?」
 恐ろしい、恐ろしい一言。榊が酔っているから、油断したのだ、ということにしておく。
「うん……なったと思うよ」
「私も、就職もしたしね。仕事はまだまだたいしたことはできないけど、頑張っていかなきゃなって思うの」
「あぁ(笑)。何か、目指しているものはある?」
「え……うーん。そう……、私、いつも店長の、どんな店長でも、その人に役に立つって思える人になりたい」
「愛はそこにいるだけで大丈夫だよ」
「なにそれ?」
「そのまんま」
「……酔ってる?」
「少しね」
 榊は笑う。久しぶりに日本に帰ってきて、上機嫌なのだろう。
 2日間、榊は少し飲んで笑っていた。タバコはやめたの? と聞いたら、吸うのを忘れていた、と返ってきたので、体調も気分もずっといいのだろう。
 ロンドンに行ったことで、いや、離婚したことで榊は自由になったように見えた。欠落ではない。あくまでもそれは「自由」である気がする。