絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 まさか、乗らない?
 そんな馬鹿な……。
 愛がまだこのロンドンに?
なぜまだ、ロンドンなんかに?
『ごめん。チケット無駄にした』
 なぜ……。
「次の便がある」
 溜息と一緒に吐きだした。
『日本には電話したわ』
 こんなに人がいるのに、何百人もいるのに、その中でもちゃんと彼女がどこにいるのかすぐに分かってしまう。
「……」
 派手な服を着ているわけではない。どこも、何も、普通の人と変わらないのに。
『有給を伸ばしてって』
「……」
『叱られちゃったわ。ロンドンで何をしているのって』
「次の便があるよ」
 2人はゆっくり歩み寄る。それでも、その会話の内容に呆れ、ため息をつきながらも、彼女が引いているキャリーバックが重そうで今すぐ取ってやりたいという気持ちが表れてしまう。
『ホテルには電話したわ』
「なんて……」
 もう距離は3メートルまで縮まっている。
『予約をしたいんですけどって。そしたら』
「そしたら何?」
 ほら、重いだろう?
 そう思いながら、睨む。
『空いてないって、言ったと思う。分からないわ。英語、そんなに喋れないから』
 さすがに笑えた。
「(笑)。あぁそう」
「うんそう」
 彼女は電話を切って、上目遣いで絶妙の笑顔を見せる。
「そんなに喋れたんだ、英語」
 バックを引いてやりながら出口へ。2人はどんどん進んで行く。
「まあ、なんとかね。多少は学校で勉強したもの」
「そうか……。全く喋れないと思ってた」
「久司からすれば、全く喋れないの域かもしれないけどね。私からすればア、リトルは喋れるのよ」
 仕方ない。
 そう強く思ってついにジャガーは空港を出た。
 行き先はもう一つしかない。来週までのレポートが実は少し行き詰っている。ここで彼女を返して集中するつもりだったが、どうやら締め切りを少し延ばしてもらうしかなさそうだ。
 明日は午後から仕事だが、昼過ぎに彼女を送れば、仕事には間に合うだろう。もう一泊したら気が済むのなら、そうすればいい。彼女の、頑固な強い意志が時々見えたことを思い出し、当時からどれほども変わっていないのだと、再認識させられた。見た目は化粧のせいか、かなり大人びていて。これほどまでに美しく可愛らしい女性が今、自分の前に現れたら、おそらく口説いてしまうだろう。
「それにしても、叱ってくれる人というのは?」
「あぁ、えーと、会社の上司」
「叱ってくれる人がいるのは大切なことだが」
「中年の独身男性だから、暇なのよ」