絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ

　榊は即答した。
「誰かの犠牲の上に築いた幸せなんて、そんなもの、ただの幻想よ」
　思いを込めて、榊を見つめた。
「犠牲の上に築かないように、離婚したんだよ。離婚することが、幸せなときもある」
「私だったらそんなの耐えられないわ。好きな人ができたから離婚したいって。君を犠牲にしたくないから離婚したいなんて言われたら……耐えられない」
「そんな人を選ばないように結婚すればいいさ」
「そんな人、いるかしら」
「いるさ。特にイギリス人は愛妻家だよ」
「……」
「さ、着いた」
　ホテルのエントランスにタクシーは堂々と停車する。もう隠れる場所はどこにもない。
「キーあるか？」
「きー……」
　思い出して、慌ててバックの中を探す。
「あった」
「大丈夫？」
「うん……」
「じゃあ、おやすみ。また明日」
「……そうだね。明日、連絡する。何時でもいい？　目が覚めたら連絡するわ」
「あぁ。昼には飛行機だからな」
「じゃあ、おやすみ」
　2人は軽く見つめあうと、さっと視線を逸らした。
　それで、いいのだ。そうするしかないのだから。

「お待たせ」
　今日は白いロングコートにブーツという最高におしゃれな格好プラス、ジャガーでホテルに横付けしてきた榊はサングラスがまぶしいくらいに似合っていた。
　午前10時。
「ううん」
　香月は当然のように右助手席に乗り込んでいく。
「朝食べた？」
「うん」
「じゃあ、映画？」
「うん、映画見たいの」
「近くでいいかな……」
「いいよ」
　彼が運転する姿をずっと見ていたいと思っていたので、近くの映画館という提案に若干残念だと思いながらも、素直に意見に賛同したふりをする。