絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

既にロシアプランを立てていたレイジには散々文句を言われたが、香月はロシアでとりあえず一食だけ食事をするともちろんロンドン行きの飛行機に乗った。
 あとは、ただ飛行機が空港に着くのを待つだけ。
 途中、機内で電話しようか迷った。だけど多分まだ寝ている。
 それより自分も少し寝た方がいい。
 気持ちは逸る。
 だが、それを抑えることはできず、結局、睡眠時間はどれほどもとれなかった。今の榊は独身、意中の人などいない。それを何度も確認してしまう。
 今なら、射止めることができる。
 今の自分なら、この成長した自分なら、できないことはない。
 榊が予約してくれたホテルがもし、ツイン、いや、ダブルなら。
 ありえないことはない。
 それくらい近い距離に自分達はいると、信じている。
 ロンドンヒースロー空港には、家族と何度か来たことがある。当時の榊も一度だけロンドンに仕事で出向き、土産を買って来てくれた。クッキーと紅茶だったので既に食べてしまったが、それが、後に残る物でなくて良かったのかどうかは分からない。
 ロンドンはもう去年から白銀の世界に染まっているが、香月にとっては、今年初めての雪景色であった。
 しかし、それより先に見えたのは、紛れもない、榊久志本人であった。
「……おはよう」
 挨拶はこれであっているだろうか、と考える。
「おはよう」
 彼は空港内でもサングラスをしていた。それにどんな意味があるのかは分からない。
「寝てない?」
「えっ?」
「寝不足っぽいけど」
「あぁ……飛行機って慣れなくて」
「そうだな。先ホテル行って一旦休んだ方がいい。アーリーチェックインの予約はしてある」
 まさかまさか、何度もまさかと思ったけれど、そのホテルは……。
「あ、ありがとう。ホテルも飛行機も」
「迷って電話かけられるよりマシだよ」
 そう言ってみせた笑顔はサングラス越でも分かるほどクリアで。
 ホテルはシングル。
 確信した。
 彼は無言で荷物を持ってくれる。
「仕事、どうなの?」
 ちゃんと歩く速度も合わせてくれる。
「まあまあかな。今ちょうど手があいたとこ。休みだよ、2日間」
「え、本当!?」
「あぁ」
「うわー、一人で観光なんてできるわけないし、心配だったの」
「分かってるよ」
 優しく笑う。