絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 一度、息を吐く。
「昼間、ガーデンウェディングに出席していた彼と偶然出会って、式が終わるまで待ち伏せしてた。
 だけど奥さんも同席してた。
 けど、少しだけ、2人きりで話しをしたの。子供は流産したって。今は子供はいないって。
 私……好きだけど、奥さんがいることは分かってる。
 分かってる……。
 私にだけ優しいんじゃないかもしれない。
 だけど……。絶対に優しい」
 レイジはしばらく黙っていたが、ビールを一口だけ飲んでからようやく口を開いた。
「その……彼に、僕は会ったこともないし、喋ったこともないから、全くの想像で話すんだけど」
「……」
「男は基本的に女の子には優しいものなんだよ。誰にだって。そうあるべきなんだ。
 逆に言うとね、女の子に優しくない男なんて、男じゃないんだよ」
「私だけ特別じゃないってこと?」
「……多分ね」
「……」
「彼が一番幸せである方法は、1つ。現状維持だよ。とりあえずはね。もし、夫婦の間で性格の不一致とかそういうのがあった場合は離婚しても仕方ない。だけど、浮気で離婚したら必ず繰り返すんだよ。そういうもんなんだ」
「……やっぱり、あきらめるしかないんだね……」
 それは、自分の中で、何度も理解しようとしてきたこと。
「……そうだね。それが一番いいと思う」
「……引きずられてるだけなのかな……」
「そうかもしれない」
「どうしたら、忘れられるだろう……。他の人じゃダメだった。他の人を代わりに立てようとしても、全然うまくいかない」
「……」
 「僕なら大丈夫だよ」と言うかな、と少し思った。
「何かほかに、のめりこめるようなものが見つかればいいかな。思い切って住む場所を変えるとか。周りに変えてもらおうと思ってもなかなか変わらないときは、自分から進んでいかなきゃ」
「住む……場所……」
 現実的な話に、頭をフルで回転させる。
「例えば旅行とか」
「旅行……住む場所……」
「どこか、住みたい場所ある?」
「いや……今すぐは思いつかないかな……」
「応援するよ」
 思ってもみなかった言葉に彼の方を見た。
「これを乗り越えたら、きっと成長できる」
「……そうかな……」
「そうだよ」
 レイジがこんな風に頼りになってくれるとは、思いもしなかった。
 それからは全く関係のない他愛のない話をしながら飲んだ。レイジは終始ご機嫌で、ボトルは次々になくなるし、もうどのくらい飲んだのか分からないくらいになっていた。
 香月は飲む間、ずっと考えていた。
 榊を忘れて、自由になる。
 この、榊と出会ってからの自分を捨てて、新しい自分になる……。
 そんなこと、できるだろうか?
 そんなこと……本当に自分にできるのだろうか?
 再会してしまって、今も近くにいることが分かっていて、すぐにでも会いにいけるのに……。