絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「珍しいねぇ……」
「……そうかな?」
「絶対そう。だって普通に僕が誘ったってこんなとこ来ないでしょ?」
「……そうでもないよ」
 やけに綺麗な男と女は東京ホテルの最上階にあるバーで最高の夜景を眺めながら酒を少々たしなんでいた。レイジはというと、誰にバレるのを恐れてか、薄いサングラスをかけている。だが、その顔もよくテレビで見るので、素顔でいた方が一番気づかれないのかもしれないと、最近よく思う。
「ようやく僕のよさに気づいたわけだ……」
「私ね」
 今日は余計な前触れはやめようと決めてここへ来たのだ。先手を打って相手を黙らせ、こちらは話してすっきりしたら飲んで倒れて介抱してもらうつもりで場所をホテルにしたのである。
 しかしこれがレイジからすれば、最後までオッケイのサインととらえたのかもしれないがそんなことはどうでもいい。今、飲もうと言って、話をちゃんと聞いて意見してくれそうなのは、レイジくらいしかいないのだから。
「……」
 好きな人がいるの……というドラマのような言い出しで始まるはずが、なかなか声が出ない。
「うん?」
 彼は優しく覗き込んで、雑誌のような完璧な顔でこちらを見ている。
「……こんなこと、他の誰かに言ったことない。だけど私、今、もう忘れないといけないと思うから、言った方が……楽になる、というか……言うことで、自分も理解しよう……って感じかな……」
「……うん」
 彼もまっすぐ前を見る。
「……ええと……。やっぱり、最初から話していいかな……」
「どうぞ」
 今彼と目を合わせる必要はない。
「私……、大学の時、ちゃんと付き合った人がいたの。
 友人のかかりつけ医で、年は11上。私はまだ子供だったけど、相手はちゃんとした大人で……。
 すごく好きだった。すごくすごく好きだった」
「うん」
「あぁ、ほんとに初めて。この話、どうして今まで誰にも話さなかったのか、分からないくらい……」
 興奮している自分を、抑えるために深呼吸する。
「うん……続けて」
「……それでね。その時は結婚とか、まだそんなことは私の中では全く考えていなかったけれど、ずっとこの関係が続いていくと思ってたの……。
 そうしたら、突然、大病院の娘を妊娠させたって。だから私と別れてその人と結婚するって。
 その時、ただ、ドラマみたいだなと思っただけで呆然としてた。
 だけどしばらくして、結婚してるんだ……一年して、子供ができたんだって考えたら、全然、何もかもうまくいかなくなって……。
 遊んだ。
 勉強なんかする気にもならないし。
 てっとりばやくその辺のもの全部掴んで遊んだ。
 そんなことが、2年くらい続いたかな。そうしてる間になんとか大学卒業して、就職したら、仕事が面白くて、少し気持ちが落ち着いてた。
 忘れてたのかもしれない。
 だけど、最近、偶然再会したの。
 結婚式場で」