「真籐さんのことを素敵だと言っている人はたくさんいます」
 言わないな……。
「そんな……聞いたことないな」
 実際は、バレンタインや誕生日のプレゼント、告白の電話などはざらにある。我ながら、芸達者な男だ。
「いますよ、たくさん。……本当はデートのお誘いとかされてるのに、気づいてないんじゃないですか」
 香月は笑った。
「そうなのかな」
 合わせて笑う。
 誘って良かった。
 そして、落としたい。
「……もう11時ですね……」
 時計を見ないふりをしていたが、仕方ない。
「あぁ、ほんとだ。すみません、遅くまで」
「いえ」
 すでに酒は空だし、出るにはもってこいのタイミングだ。
 「大丈夫ですか?」と言って手を出せるほど、彼女がここでよろけ、自分の方にしなだれかかってくれれば……。
 だが、それはもちろん妄想で、彼女は一人ですっと立ち、さっとバックを持ってこちらを待った。
「では、今日は私が持ちます」
「いえ、自分の分くらい自分で払います!」
「……その方がいいですか?
 いえ、これが接待や、セクハラに当たると思われるのならそうでも構いませんが……」
 優しく笑って彼女を見つめる。
 彼女は目を伏せてすぐに
「いえ……、そんな風には思っていませんが……」
「なら、今日お誘いしたのは私です。私が持ちましょう。今度もし、香月さんが誘ってくれるようなことがあれば、そのときはお願いします」
 社交辞令の言葉ではあったが、本音でもあった。
「あ、はい」
 彼女の返答はこれまた社交辞令。
 店を出た。少し冷えかけた12月半ばの風は冷たい。
 風が冷たいことに加えてもう一度遅くなったことをわびながら、すぐつかまったタクシーに乗り込む。
 車内は暖房が効いていて、暖かくて気持ちが良かった。
「真籐さんに彼女がいないなんて、もったいないですね」
 車内で急接近したことに少し心が緩んだのか、彼女は突然そう切り出した。
「好きな人はいます」
「あぁ……そうでしたね」
 彼女はそっと窓の方を向いた。
「なかなか、好きな人と好きになってくれる人と……うまくいきませんよね……」