「そんなことないよ」
「そんなことないです、全然、うまくいかない……」
「……何が?」
「全部」
「仕事はうまくいってるよ。香月がちゃんとしてくれるから、店は大助かりだ」
「……そんなことない。全部、嫌です……」
「香月……」
 宮下は丸く、少し茶色みがかかった頭を軽く撫でる。
「嫌だ……全部……」
「何が嫌? 言ってごらん?」
 香月は5秒ほど考えた。だが、そんなこと、言えるはずもない。
「……今日は、歩いて帰ります」
 帰ろうと思った。
「送る」
 香月は素直に車から出ると、慣れたようにその車の助手席に乗り込む。
「明日、出社できる?」
「努力します」
 それ以外、車内で何も口から出なかった。