絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「そんな……普通だよ。だって、今回だって警察に車に乗れって言われたら、乗るでしょう?」
「うん……そうだな」
 なぜか彼は優しく笑った。
「どうしたの?」
 つられて笑ってしまう。
「いや……、無事で良かった」
「ごめん……。少し……話がしたかっただけなの」
 話の核心はここであった。だが、知ってか知らずか、
「少しは気が晴れたか?」
「……うん」
 ちょうどよいタイミングで、コーヒーとオレンジジュースがテーブルに並ぶ。
 飲む気などあまりなかったが、とりあえず少し口をつけた。
「仕事は?」
「えっ、あぁ……」
「エレクトロニクスだったか」
「うんそう」
「楽しい?」
「うん……まあ、楽しいかな……。接客が結構好き」
「それで酒飲まされてりゃ、世話ないな」
「あれは変な人だったんだよ」
 香月はふてくされて、榊が手に持つコーヒーに目を落とした。
「おかしな奴が多い……愛の周りには、昔からな」
「そう?」
 「例えば、俺とか」という冗談は榊は絶対に言わない。
「一成もそのうちの一人だろう」
「ほんと、嫌いなんだね(笑)」
 何故だか知らないが、榊とホストのイッセイ(夕貴一成)は出会ったその日から犬猿の仲なのだ。何が原因なのかも全く分からない。よくも関係のない他人をそこまで嫌いになれるものだと関心するくらいである。
「……樋口のお嬢様は?」
「うん、最近一回会ったけど、相変わらずだったよ。なんか、好きな人ができたってはしゃいでた。中国人なの」
「ああ。言ってたな」
「その人がすごく綺麗な人でね、もうびっくりしちゃった」
「会ったのか?」