絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

「あ、でももし後からなんかあるといけないから。俺の連絡先教えとくね」
 それもそうか、と思い仕方なく携帯をきんちゃくから取り出す。
「赤外線でいいよね」
「……はい」
 ここで赤外線を断るのも変だろう。
「登録しておくよ。名前は香月愛ちゃんね」
 まあ、とりあえず命の恩人だ。
「はい……。あの、この名前……」
「美紗都(みさと)」
「これでみさとって読むんですね……」
 本当は漢字の読みなど別にどうでもよかったが、相手がこちらを名前で呼んでくれた以上、少しくらいは気を遣おうという心ばかりのお礼である。
「繁華街のハーツの美紗都です。良かったら、今度お店に来てね」
 彼は胸ポケットからさっと名刺ケースを出すと、その中から白い一枚を差し出した。
「あ、どうも……」
 暗くてよく読めないが、店名と名前と電話番号くらいが書かれているのだろう。
「今登録した携帯はプライベートだけど、今渡した番号は店用だから。もし警察とか行って用があったらプライベートの方にかけてね。用がなくてもかけていいけど」
 美紗都はイタズラに笑うが、香月はそれを無視して。
「分かりました」
 とだけ返事をした。
「それにしても、俺が通りかかってよかったね」
「すみません。……ほんと、ありがとうございました。ほんとですね……。もし、誰もここを通らなかったら危なかったです」
「まあ、この辺治安はいい方だけどさ。夏だし変な奴も多いから。気をつけなよ」
「そうですね……」
「じゃぁ」
 そのまま、帰ろうとする美紗都の後姿を見たとき、やはり何か礼くらいはしなければと思い始めた。次回……日を改めて、物でも持って行く? 品を買って、電話をして、待ち合わせるか、場所を聞いて自宅に送るか……。どれもこれも面倒だ……。
「あ、あの!!」
「なにー?」
 彼はすでに車に乗り込んでいる。
「あ、あの……よかったら、お礼をしたいんですけど……」
 変に聞こえないように、ゆっくりと真面目に喋る。
「あぁ、別にいいよ」
「いえでも、そんなわけには……」
 それでいいならそうでもいいけど、やはりそんなわけにはいかない。