絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅰ 

 矢伊豆は先に商品を中に入れる。それからまた出てきてくれたが、それまでに、犬2匹既には確保できていた。
「うわー。足折れてないかなー」
「大丈夫だよ、犬だから」
 何か根拠あるのか、それ……。
 矢伊豆はちょうどそこに転がっていたダンボールを引っ張ってきて、
「ちょっと大きいけどいいだろ」
「はい」
 素早く2匹を中に入れた。
「というか、びしょ濡れだなあ」
 矢伊豆が雨も滴るいい男になっていることに一瞬見とれたが、
「あっ、ハンカチどうぞ」
 香月は思い出したようにポケットからハンカチを取り出した。
「自分が拭きなさい。俺は着替えがあるから」
 やっぱり。
「あ、はい……」
「もう今すぐ帰れ。タイムレコーダーの打刻はしておいてやる。包装も誰かに頼んでおくから」
「お願いします。明日、私休みなので……」
「おう。じゃぁな」
 矢伊豆に言われたとおり、傘とバックだけ他の女の子にとって来てもらって外に出た。制服の名札もしたままだったが、多分誰も見ていない。というか、街行く人々は傘を深々と差すことのみに集中している。
 こんな日は少し気分がいい。多分、普段この名札のままで通勤をしていたら、かなり気になる。それがほんの少し強く雨が降ったくらいで、どうでもよくなってしまう人々が、香月にはとても人間らしく思えた。
 傘を差したにも関わらず、自宅に着く頃には、海に落ちたかのような状態になっていた。とりあえずマンションのエントランスで服の裾を搾る。
 廊下もエレベーターも水滴を落としてごめんなさいだが、仕方ない。掃除婦のおじさんかおばさんか知らないが、全てを任せよう。
 だが、自宅はさすがに濡らす気がしなくて、玄関で下着姿になると服はそのまま脱ぎ捨てた。どうせ誰も入ってきはしない。レイジ、ユーリはもちろん誕生パーティに向かっている。
 熱いシャワーを浴びた。風呂場の時計は7時30分。今から行けば多少の遅刻で十分間に合う。
 そう考えてしまったせいか、動きが鈍り、結局リビングに出てきたのは8時30分前だった。
 遅刻して行く気は全くないが、電話くらいはしておこう。この場合、レイジに電話するのが筋か……しかし、主役は多分忙しい。