つもりだったが、やめる。

「警部、ひとつ頼まれちゃくれないか?」

「給料日前の俺にできる程度のことならな」

「1日禁煙すればいい程度の話さ。オマケもつける」

「オマケ?」

 空いた手を見つめる。

 思えばいろんなもんを掴んできた。

 今となっちゃ泥棒になったきっかけも忘れちまった。

「こいつをやるよ。俺がプレゼントを贈っていいのはあんたらにだけだろう?」

 軽く両の拳を握って、差し出す。

 たぶん、そういうタイミングだったのだろう。

“仕事”以外のこととはいえ、こうして情報を捕まれてしまったこと。

 柄にもないことを考えちまったこと。

 手の平に収まる程度の物を後生大事に抱えてしまったこと。

「今日は非番だといっただろうが」

「“わっぱ”や手帳がなくても、アンタは年中刑事だろう?」

 もう、俺に泥棒を続けることは出来ない。

 泥棒らしさをいつの間にか、なくしていたのだ。

 芯を失っては、もうその場所に立ってはいられない。

 こういう稼業はポリシーのない人間には務まらない。

 わかってたはずなんだがな。

 こういうのを、ヤキがまわったというのだろう。

「いいのか?」

「引き際くらい、かっこつけさせてくれよ」

 自嘲気味に肩をすくめる俺に、

「わかった。だがその前に……」

「?」

「一杯付き合え。それからでもいいだろう」

「刑事がそんなことでいいのかよ」

「今日は誰も彼もが寛容になる日なんだろうよ」

「だからアンタ、仏教徒なんだろう?」

「年に1度くらい宗旨変えしても、罰は当たらんさ。仏の顔は3度までっていうじゃぁねぇか」

 最後の晩餐が長年の敵対者と共に、なんてな。

 実にセンスがあるじゃないか。

 夜空を見上げる。

 そこに雪はなかったが、凍てつく空気の先に広がる暗幕には大輪の星が咲き誇る。

 ふと、チビの顔が思い浮かんで俺は、

(もしかするとおまえさんの方が、サンタだったのかもな……)

 そんなことを思ったのだった。