鏡を懐に仕舞うと、小姓達と稽古をしていた庭の一角に向かう。
「あ、忠純殿!」
その途中、前から来た若い侍に呼び止められた。
若い侍は、いかにも探していた、と言いたそうな顔をしている。
「よかった!
忠純殿、殿がお呼びでございます!」
若い侍は、そのままレオを案内する。
連れて来られたのは、柚姫の部屋より二周り程広い部屋。
部屋の前には小姓が二人。
忠純の姿を見て、軽く頭を下げた。
部屋の中には、矢吹の姿もある。
レオが部屋に入ると、ギロリと睨んできた。
レオは気付かないふりをして座った。
一段上の間には、まだ誰もいない。
「調子に乗るなよ。」
矢吹は小さく、けれども鋭い声でレオに言った。
「…何のことやら。」
レオは、気にも留めない、とただ前を向いて返した。
しばらくの沈黙の後、40歳前後の男が上段の間に入って来る。
矢吹も若い侍も、軽く握った拳を左右床につけて頭を下げる。
──なるほど、これが此処での礼儀か。
レオも同じように頭を下げた。
「皆、面を上げよ。」
男、即ち岩佐城主風見篤景の声で、下げていた顔を上げる。
岩佐城の殿様の顔は、雄々しく、いかにも戦に生きるもの、というような感じだった。
儚い雪のような柚姫とは、あまり似ていない。
「忠純、」
「はい。」
「そなたはこれまで、長き年月よう我が娘の柚を守ってくれた。
大儀である。」
「は。」
「明日には、柚も嫁に参る。
そなたの、柚の守り役の役目も今日までじゃ。
よって、明日より新たな役目を与える。」
「承知致しました。」
殿様はふっと笑い、
「乙丸。」
忠純を呼びに来た侍に合図する。
侍、乙丸は少し前へ出ると、白い紙を広げ、レオに見えるように掲げる。