雨? と思うやいなや歩道に斑点が広がり、やがて文字通りバケツをひっくり返したような、突然の夕立ち。僕は合成皮の鞄をかざして走り出した。煙るアスファルト。真横からのみ照らされた街並みはどこか現実離れしていて、やがてその色の無いグラデーションの中に浮かび上がってくる赤い看板。
「すごい雨だねぇ。あらやだずぶ濡れじゃないのサ」
 思わず飛び込んだ店先では、オバチャンが早めの店仕舞いをしていた。
「ひゃぁ参りましたよ。まぁ、どうせ夕立ちだろうけど」
「ちょっと待ってな。希代美、タオル持っといで」
「あ、はい」
 店の奥から出て来たキィちゃんから白いタオルを受け取ると、彼女はそのまま傘を差して雨の中へ。
「雨、止むまで中で休んできなよ」と、お節介なオバチャンは戸板をレールにはめる。
「いや、でも」とは言え雨音は激しさを増すばかり。
「いいから。そんなトコ突っ立ってたらまーたビショビショんなっちゃうよ」
 店の奥には、水色のタイルが時代を感じさせる小さな流し台がある。その脇にある狭くて急な階段を昇れば、恐らく居間や寝室があるんだろう。僕は店と台所を仕切るカマチに、肩を竦めて腰を下ろした。
「ボロい家だろう?」
「いえ、そんな」
「もう、築五十年……近く経ってるからね……いつ倒れても……おかしくないくらい……だよ。はぁ」
 息を切らしながら軋む階段を昇るのも辛そうだ。入れ替わるように裏手の勝手口から、尻を濡らしたキィちゃんが戻って来た。