「今日、稽古初日だしここまでにしようか」
普段通りだが、何処か威圧感すら感じる笑顔で眞絢が言う。
「いや…もう一度お願いします」
先に口を開いたのは都織だ。
「ううん…今日は止めた方が良いよ」
納得行かない様子の都織を窘めて立ち上がる。
「最後の部分だけでも…惣と合わせて…」
舞台の事となれば都織は何処までも食い下がる。
「ううん…今の都織は集中力だけで踊ってるよ?今から何回合わせても同じ…」
「家に帰るのか?」
稽古場に向かい一礼をして出て行く眞絢に惣が言う。
「昇翁(しょうおう)さんと飲んで来る」
「分かった…」
都織の祖父と連れ立ち稽古場を後にする背中に答えた。
「…なんで…もう一度…って一緒に言ってくれなかったんだ?」
稽古着で汗を拭いながら都織が足を伸ばす。
「言ってたろ?集中力だけで踊るな…って事だよ」
同じく足を投げ出す。
「大切だろ?」
「そうだけど…細部のシナとか、目線とか忘れちゃうだろ?兄ちゃんは、そんなのに厳しいんだ…」
「ウチのじいちゃんとは違うな…あの人は所作と集中力の人だけど」
「でも、そのじいちゃんが口を出さずに見てるだけ…ってのは、兄ちゃんに任せてる…って事だろ?」
「そうかもな…じゃあ、ここまでにするか…」
そう言った物の、一人になってからも稽古場に篭る都織の姿が容易く想像出来た。
「そうだな…明日も宜しくお願いします」
眞絢と同じく稽古場に一礼をして惣も都織の家を後にした。


