「あ…腹減ったよな…今日は食べに行くか?」
惣が照れを隠す様に話を逸らす。

「いや…ピザを頼んで良いか?惣はデザインの締め切りも近いだろう?」
穂群が電話の横にあるメニューを探す。

「そうだな…」
溜め息混じりに惣が笑う。

「何だ?」

「いや…代わりに穂群が作る…って選択は無いのか?」

「無い!結局は惣が仕上げて、汚した台所を片付けるまでが仕事になるからな…用事を増やすのが見えている」
バツが悪そうに穂群がメニューを手渡す。
「はいはい…」
メニューを受け取りながら惣が笑う。


「で…惣のオススメの店は何処なのだ?近くか?」
二人は夜桜を花見を楽しむ人が集まる公園を歩く。

「多分…この先…」

「しかし…今も昔も…日本人は桜が好きだなぁ…」

「うん…」
穂群からリクエストされたピザだったが、営業中の店舗からは自宅が配達区域外だったために二人は外に出た。

「あっ…」
穂群だけでは無く、花見を楽しむ人々からも小さな声が上がる程の風が吹き、花びらを舞い上がらせる。

「大丈夫か?」

「ああ…」

「髪、ボサボサだな…」
穂群の髪を撫でつけながら惣が笑う。

「穂群、行こう…」
変ったばかりの青信号に惣が歩き出す。

「…また、年を重ねた…」
先に歩く惣の背中つぶやく。

「穂群?」
振り返り手を差し出す惣に追い着く。

「…いや…何でもない…」

「いらっしゃいませ」
程無くして、二人は目的の店の暖簾を潜る。

「これは、惣さん…もしかして…あちらが穂群さんですか?」
ガラス張りの廊下から見える中庭の桜の木を、鼻をガラスに付ける様にして見ている穂群と惣に気付く。

「…そうです…すみません…」

「いいえ…桜がお好きなのですか?」
ニコニコと目を細め、メニューを惣に手渡す。

暫く、穂群は戻りそうにないので惣はメニューに目を落とす。

「かなりの古木だな…いつから其処に居るのだ?」
顔を近づけたガラスを吐息で曇らせながら一人言の様に呟く声を拾う者が居た。

「少なくとも、俺がガキの頃にはあったぞ…」

「…黒塚殿?どうして…」
言い終わる前に椿が穂群の髪に触れる。

「アンタ…かなりの桜好きだな…」
クスクスと笑うと髪に絡んだ桜の花弁を手渡す。

「さっき…ここに来る前に公園で風に煽られたんだ…どうしてここに?」
もう一度問う。

「元、実家…現、行きつけの店だが…」
テーブルに惣の姿を見つけそちらに歩き出す。

「何にする?」
穂群が戻った物だと、姿を見ずに惣が問う。

「そうだな…俺はいつもコレかな…」

穂群の声では無い事と、聞き覚えのある声に驚き惣が顔を上げる。
「椿さん…」

「偶然だな…デザインは進んだか?」

「あまり…どうしてここに?」

「同じ事を聞くんだな…昔、ここが家だったんだよ…そんなに桜が気になるのか?」
そう言い残すと、桜を見つめる穂群の側
に戻る。

「穂群…こっちだ…」
穂群を呼び寄せると、ガラスの一部を外した。

「ここから出れるぞ…」
そんな二人の様子を少しだけ心配そうに惣が見つめる。

「やれやれ…椿は…」
呆れた様に店主が笑う。

「あ…オーダーですよね??」
慌てて惣がメニューを見る。

「少し待ちましょう…」
店主がにっこりと笑った。