「儀式的なアレ…終わったのか?」
笄や簪を手に部屋に入って来た穂群に気付いた男が振り返る。

「ああ…少し見学させて貰っても良いか?」

「…アンタが関係者か?まぁ、ソレを持って来たって事はそうだよな?」
振り返ったのは、眞絢と同じ位の年齢だろうか?
サイドにツーブロックを入れ、髪を束ねた無精髭の男だった。

「まぁ、そうだな…」
穂群から簪を受け取る指は繊細だった。

「で?何を見に来たんだ?」
天蚕糸を切りながら穂群を見ずに問う。

「ん?ああ…世話になっている役者が舞踊公演の鬘のデザインで迷っていてな…」

「惣か?」

「そうだ。知り合いか?」

「それ…俺が担当する公演だ…じゃあ…アンタが穂群?」
やっと男は穂群と向き合った。

「そうだ」

「へぇ…アンタがねぇ…」
そう言いながら穂群の黒髪に触れる。

「?なんだ?」

「いや…綺麗な黒髪だな…と思って…今までカラーリングしたこと無いだろ?」

「ああ…」

「今度、ショーのモデルになってくれないか?」

「ショーとは?」

「生け花みたいなもんかな?ほら、人前で即興で活けたりするだろ…あれのヘアメイク版だ」

「そんなショーがあるのか?」
穂群が持って来た笄を髷に刺して行く。

「興味ないか?最近の子はモデル…ってすぐに飛びついて来るんだがな」
男は苦笑いを浮かべるが、穂群では無く仕上がった髷に目を向けたままだ。

「最近の子…か…」

「ああ…まぁ、考えてみてくれよ。モデルには飛びついてくれるが、日本髪が映える黒髪がなかなか居なくてな…所で…惣のデザインは進んだか?」

「いや。悩んでいた…」

「だろうな…斬新過ぎるよな。ボーカロイドと舞踊のコラボ…まぁ、ゆっくり進める様に伝えてくれ…」

「ああ…伝えておこう…邪魔をしたな」
踵を返す穂群を男は呼び止めた。

「これ、渡しておくからモデルの件も考えてくれ」

(黒塚 椿)

「ツバキ?」

「ああ…女みたいな名前だろ?本名なんだ。結構、気に入ってる」


「椿さんに会ったのか?」
帰宅した穂群の貰った名刺に惣が声を上げる。

「ああ…新しい髷を結っていた」

「そうか…俺も着いて行けば良かったな…」

「そう言えば…惣のデザインを気にしていたぞ」

「あんまり進んでないよ…名刺をくれた…って事は…」
上目遣いで穂群を見る。

「ああ…黒髪のモデルだろ?誘われた」

「やっぱりな…見境ないからな椿さんは」
ノートや雑誌を片付けながら惣が笑う。

「見境?」

「あっ…」
一瞬にして惣が頬を赤らめる。
「…綺麗な黒髪を見るとさ…アプローチが凄くて…」

「それがプロだからだろう?」

「最初はそうなんだけど…相手もその気になって来るんだ…分からないでも無い…けど…」
チラリと穂群を見上げる。

「な…私なら大丈夫だ…まだ、受けても居ないんだぞ?」
珍しく赤ら様に惣が示した(ヤキモチ)の感情に穂群も狼狽える。