「どうした?ここで勉強とは珍しい…」
普段、大学の課題やレポートを作成する時、舞台のセリフを覚える時は、自室を暗室状態にまで閉鎖して、スタンドの光で集中する惣がリビングで本を開き難しい顔をしていた。

「ん?まぁ…課題と言えば課題かな?」苦笑いをしながら表紙を閉じる。

その向かいに座り穂群が、惣の閉じた本に手を伸ばしタイトルに目をやる。

「雑誌?これはフアッション誌か?」

「うん。買ってみたんだよ、参考になるかな…って…」
穂群が手にしたのは、髪型の特集が組まれた女性ファッション誌だった。
穂群自身、あまり雑誌を読まないので珍しそうにページをめくる。

「大学のレポートか?」
惣の手元には直筆のイラストが描かれている。

「いや…再来月にある新作舞踊会の鬘用だよ」

「ああ…あの惣が初監修するやつか?」

「そう…その舞踊をイメージした鬘を発注して良いって言われたんだけど…」

「まだ、舞踊のイメージすら出来ていない…と言う所か?」
(図星です…)と惣の顔をに書いてあるのを見る。

「舞踊会全体のテーマは(悲恋)なんだけどね…どの結い方も在り来たりな感じがして…コラボ相手が現代を代表してる人達だから最近の流行りの髪型を参考に見てた」
若手の舞踊家達とネットや動画投稿サイトから人気が出た作曲家達のコラボレーションとして舞台ファンだけでは無く多方面で話題になっている。

「曲は出来ているのか?」

「いくつかサンプルを貰ったよ」
打ち込みやボーカロイドを使い曲を作る彼等の曲を邦楽の譜面に興さなければならない。

「確かに当て振りと言う訳には行かぬな…」

「うん…地方公演もあるしね…」

「今回、都織は出ないのか?」

「ドラマ撮影なんだって…兄ちゃんの息子役」

「残念がってただろう?舞踊も好きだからな」

「うん…暫くは舞台に立てないって嘆いてたからな」
惣は再び雑誌を開く。


その月にある興行の初日前日。
この公演に関係するのは穂群だけだった。

「今回の品は、こちらですね」
別室に並べられた小道具に目を通す。

「そうか…簪や笄(こうがい)が多いな」

「ええ、新しい鬘や、結い直した物用に新調しました」
いつもの支配人が穂群に手渡す。

「鼈甲か?」

「鼈甲風…ですよ。流石にこのご時勢に本物ではありませんけど…穂群さんの、お仕事が終わったら床山さんが整えてくれます」

「床山が?見学したいのだが…構わないか?」

穂群の申し出に支配人が笑う。
「惣さん…ですね?」

「ああ…舞踊公演の鬘で悩んでいる」

「多分、同じ方が関係すると思いますよ…髷を結える方は少ないですから」