「…惣?」

「え?あ…いや…風呂に入って来る」

「あ、ああ…」
リビングを出て行く惣の背中を見送る穂群は、添付された写真の千雅を見つめる。

「どんなに舞踊のセンスが有っても…この家を継ぐ事は私には出来ないから、自由に生きるわ…か…」
惣が生まれる前に千雅が笑ながら眞絢と穂群に言った言葉を呟く。

「嫌になる位に長く生きておるが…」
世間とかけ離れた惣が生きる、独特な世界の事を言っているのだろうか?
それとも…
自由に恋愛をして惣を産み、今も自由に生きている千雅の事を言っているのだろうか?
溜め息と共に穂群はパソコンをシャットダウンする。


「上がったぞ…入って来いよ」
しばらくして…
藤娘の収録されたDVDを持って惣が戻って来た。

「ああ、今から観るのか?」

「うん、全体練習も夕方からしか参加出来ないからな型だけでも掴まなきゃな…」

「そうか…行ってくる」
にっこり笑うと穂群はリビングを出て行く。
(しかしな…千雅…惣は一番、この(不自由)を楽しんでみえる)


(ん…)
深夜、真っ暗で、辛うじて時計の秒針が進む音が聞こえる部屋で惣は異変に気付き、手探りで探し当てたスタンドの光に、眉間に皺を寄せて異変を探す。

「…穂群?」

「惣…すまない、起こしたか?」

女性を演じる際、無理な姿勢を取る事が多い惣は、睡眠の間だけでも好きな態勢が取れる様に…と、大きなサイズのベッドを部屋に入れた。

そのベッドに穂群が添い寝しているのである。
勿論、穂群にも部屋が用意されていて、普段はそこで休んでいる。

「何?どうかした?」

「いや…何となくだ…邪魔か?」

「何となく…なのか?」
穂群の言葉を繰り返して時計に目をやる。

「ああ…何となくだ…だから…今夜はここで休む」
言い出したら聞かない穂群に布団をかけてやる。

「また久し振りだな…」

「そうだな…」
流れた髪を直しながら穂群が笑う。

「そうだ…顔合わせの帰りに都織に言われたぞ」
眞絢が留守中に二人でどうするんだ?と都織にからかわれた話を聞かせた。

「惹かれ合う男女では…添い寝以上の事が、当たり前の事なのだろうか?」
真剣な顔で穂群が答える。

「どうだろうな?」
惣は苦笑いを浮かべた。
眞絢に引き取られた頃に一度だけ穂群を押し倒した。
抵抗もせずに、穂群を乱雑に扱う惣を通して別の人物を見つめているかの様な穂群の寂しそうな瞳に気負いした過去がある。

「試してみるか?惣」

「なっ?」
思わず飛び起きると、仰向けになった穂群と目が合う。

「……どうした?私は拒まぬぞ?」
言葉を失っている惣に穂群が告げる。

「いや…ちゃんと穂群が俺だけを見てくれる様になってからにするよ」

「惣だけ…を?」
心当たりのある穂群も言葉を失う。

「とりあえず…一限目から講義あるし…寝ようか?」

「そうだな…私も劇場に行かなくてはならぬし…」

「おやすみ、穂群」

「ああ…惣…ありがとう」
惣は返事をしないまま明かりを消した。