一方、穂群が連れ去られた里要(りよ)の家では、亡くなった父の通夜と穂群の事が重なり、昨夜より張り詰めていた。

「昨日が遅かったから…」と、
あの晩、部屋の隅で怯えていた二人の息子達はまだ布団の中にいた。

「辰巳(たつみ)様…枝辰(しのぶ)様…起きて下さいませね?今日も忙しいんですよ?」
下女に促されて幼い兄弟は目を覚ます。

「あ…うん…おじいちゃんの?」

「そうですよ…沢山の方がお見えになりますよ」

「そうか…穂群は?帰って来た?」
兄の辰巳は早々に布団から抜け出て身支度を始めた。

「いいえ…何処に行っているのかも分かりません…ほら!枝辰様も…」
下女は弟の枝辰を抱え起こす。

「…穂群なら大丈夫…」

「え?お前、寝ぼけてる?」
辰巳が笑う。

「ううん…昨日のおじさんの家…護符…お父さんに知らせなきゃ…」
寝巻きのまま、フラフラと枝辰は部屋を出て行った。

「…じゃあ…穂群は兄さん…いや…叔父さんの家に居るのか?」
紋の付いた黒衣で里要が枝辰の話に安堵の表情を見せる。

「旦那様…枝辰様の夢の話に御座いますよ?」
下女が口を挟みながら枝辰にも黒衣を着付けてやる。

「違うよ…ハルさん…本当に穂群がね…」
なすがままに着付けを任せる枝辰が口を
尖らす。

「それで…他には?」
里要は構わずに枝辰に続きを聞く。

「おじさんの奥さんに優しくして貰ってる…(ごふ)を貼られて(しきがみ)飛ばせないから僕に知らせた…って…」
親子の妙なやり取りを不思議そうに眺めて下女は枝辰の寝巻きを持ち部屋を後にした。

「で…他には?」

「おじいちゃんのお葬式に出れなくてごめんなさい。おじさんが来てもやり過ごしてくれ…って…」

「…そうか…もし…次に穂群の夢を見たら穂群に伝えてくれないか?」
里要は枝辰でも理解出来る様に、掻い摘んで託す。

「うん」

「この事は、おじさんには勿論…今日来る人達には言うなよ?」

「分かった…穂群にも言われたよ…」
パタパタと部屋を出て行く枝辰の足音に里要は溜息を漏らす。

(また…弟の方が力を継いだか…辰巳には…兄さんの様な事はさせない…)

(…伝わったか…?)
蒲団の中で穂群が目を醒ます。
傍目から見れば、二度寝を貪った様にしか見えない。

(やはり…慣れぬ事をすると疲れるな…)
起き上がると額や首筋に汗が滲む。
そして、溜息を一つ。

「また…弟の方に力か…辰巳には届かぬか…」
独り言の様に声に出す。

「あの…すみません…奥様からの申しつけなのですが…」
恐る恐る…と言う様子の声が響く。

「何だ?」
戸を開けた穂群の前には、下男にしておくには勿体無い程の青年が居た。
「あ…あの…お食事と…火鉢の加減を」

「…そうか…可恵殿は?」

「先代の通夜へ…」

「ここの主は…可恵殿と同伴で出かける事は多いのか?」

主が捕え、護符を施した部屋に押し込んだのが若い女性であった事に安堵した青
年が火鉢を覗きながら答える。
「何かの儀式の時位ですね…奥様は余り丈夫な方では無いし…あの若さですから…」