「良かった…」
ぼやけた視界は、惣の安堵の声で完全に覚醒へと至った。
「惣…」
「祠に祀って来たよ…」
腕を伸ばし首に巻き付いて来る穂群に身体を預けて囁く。
「ああ…」
「結界…壊したからか?」
その言葉に火箸の言葉を思い出し、腕に力を込める。
「分からぬ…しかし…お前…何故…舞台の記憶を?」
覗いていない筈の舞台の記憶を惣が知っている。
「うん…分からないけど…」
前置きして惣は続ける。
「なんか…鮮明に入って来たんだ…穂群が見せてくれてるのかと思った」
「私では無い…」
そこまで言った穂群は、消えかかる火箸の言葉を思い出した。
(惣様の力は計り知れません…)
「どうしたんだ?どこか痛むのか?」
穂群の身体を剥がしながら、心配そうに惣が見つめる。
「いや…」
「(家憑きの陰陽師が居るから安泰だ…)とか言ってたから…穂群の事か?」
その言葉に穂群は瞳を見開き起き上がる。
「本当に…そう言ったのか?」
「え?うん…」
「あの時に…」
呟く様に穂群が言う。
いつもより不機嫌そうに。
「穂群?」
「私を外に出さぬ者が居てな…少しの間だけ使役する事になった…惣の…曾祖父の弟になる者だ…」
穂群の中で何かが繋がった。
「一歩も?どうやって使役してたんだ?」
「して居らぬ…閉じ込め、他の陰陽師の護符で封じられた…私が居るだけで家が繁栄するとでも思ったのであろう…」
「あのバケモノは?」
「奥座敷に入れてあります…」
「何か動きは?」
「洗面、入浴、日課の散歩以外の動きは特に…」
長い廊下をドタドタと足音が響き近づく。
護符と注連縄を張り巡らせた最奥の部屋の前で止まると、中の者が溜め息を一つ。
「穂群…」
文机にもたれて庭を眺める小袖姿の女が視線を上げる。
「お主か…」
「ふん…お前を置いたお陰でな…大役が舞い込んだわ…」
ニヤリと笑い、部屋の中に入って来る。
「私のお陰…だと?お主の技量の賜物であろう…」
同じくニヤリと笑い答える。
「何とでも言え…式神も飛ばせまい…」
「飛ばす必要もなかろう…」
「…明日から四国へ行く…銘菓位は買って来てやるわ…」
「穂群?大丈夫か?」
その夜、惣に揺すり起こされて目覚めた。
「あ…ああ…惣…」
黒髪が張り付く程に首筋は汗に濡れている。
「…魘されてた…酷く…」
「…本当だ…」
「嫌な夢でも見たのか?」
汗を拭いてやり、穂群のベッドに滑り込みながら笑う。
「夢…か…夢と言うよりも過去の嫌な出来事を見てしまう」
惣の心音を確かめる様に胸に耳を当てる。
そして、続ける。
「あの小屋で…惣の先祖が命を落としている…そして…それに少なからず私も関係している…」
「うん…もう大丈夫だから…な…?」
惣は穂群を抱きしめ、背中を優しく叩く。
「…そうだな…」
一応は瞳を閉じるも、穂群は寝付けないでいた。
(この場所だったのか…)