「穂群さん?大丈夫ですか?」

「ん?あ、ああ…」
不思議そうに覗き込む國本の顔で、現状を思い出した。

「楽屋に行きますか?」

周りを見渡すと観客達は潜り戸を通り、出口へ向かっていた。

「いや…外で待ちます…惣にも伝えて下さい」

「分かりました…。本当に大丈夫ですか?」
いつもと違う穂群の様子に國本が再度問う。

「都織と惣の舞に引き込まれてしまったみたいです…」
にっこりと笑ってみせる。


國本と別れ一番最後に戸口を潜った穂群は、小屋の外に出て伸びをする。

(このモノ達をもう一度呼び出さなくては…)
否が応でもでも気が引き締まる。
そのまま、祠へと向かった。

今朝と同じく、印を結び結界を施す。

(随分と厳重に巻いてくれたもんだな…)
声の主は穂群が封印した火箸だった。

「…次はその姿か?」

(こうやって並ぶと似ているな…お前と会うのも久しぶりだな…)
火箸の横には桜志郎の姿をした祠の主の姿もあった。

「惣に似せたつもりか?」
穂群が苦笑いをする。

(舞台にいた男か…お前の間夫か?)

「間夫とは…また懐かしい言葉だな…今日日、耳にする事は少ないが…惣は私が使役する式神だ…」

(ふん…私と同じく使い捨ての道具か…)
挑発する様に火箸が笑い、穂群の返しを待つ。
火箸と穂群の間に祠の主が割入ろうとするのを制しながら穂群も笑う。

「お前は自分を、そう思っておるのか?今まで居った場所と同じく陰湿だな」

(止めなさい…)
見兼ねて祠の主が間に入る…。

すると同時に…
穂群が創った結界が歪む。

「歪み?」
完全に別次元であるはずの四方が揺れる。

(…お前の間夫だな…)
火箸が一番に何かを感じる。

「馬鹿な…これを…結界を解くには私の息の根を止めねばならぬぞ…」

しかし、本当に惣は現れた。
一触即発状態の穂群と火箸に気付き駆け寄る。

「穂群…」
惣に火箸の姿はどう見えているのだろうか?
穂群の前には二人の惣が睨み合う。

「大丈夫だ…」
穂群は惣の浴衣の袖を引っ張る。
少しはだけた襟元には、まだ白粉が残る。

「うん…國本さんから伝言で…」

(無傷で結界に入る力があるとはな…そんなに、この陰陽師が大切か?)
いつもの様に口の端だけで火箸が笑う。

「そうだな…」
同じく惣が口の端をつり上げる。

「惣…」
穂群の手に力が入る。

「分かってる…それに…お前に会いに来たんだ…」

(私に…か…?)