(本来の用途では無く役目を全うしてしまったからでしょう…私への怨みも募っているのだと…思います)

「意識を持ったと同時に道具としての役を壊したのか…」
本番中では無かったのが幸いだったと穂群が安堵する。

「そうだよな…都織が使うはずだったんだからな…」
惨事が身近に起こり得た可能性に惣はゾクリとする何かを感じる。

「お前ならどうする?」
しゃがみ込んだままの穂群が桜志郎のモノを見上げる。

(…私に力があれば…捻れた思念を戻してやりたい)

「そうだよ!物としての使い方は違ってたけど…今まで奈落を支えてたんだ…言い方を変えたら…俺達(役者)の命を守ってくれてたんだろ?」

「確かに…このまま消してしまうのも偲びないかもな…」
穂群は、火箸に施した護符を少しだけ剥がし始める。

「穂群?」

「全ては剥がさぬぞ…何をされるか分からぬ故…音が聞こえ、周りが見える程度だ」
剥がした護符を灰にしながら穂群が笑う。

(どうして…)
戸惑う穂群の姿をしたモノの傍を抜け、惣が祠の戸を開ける。

「あなたも来れば良いよ…」
穂群の意図に気付いた惣が式服姿の穂群に笑いかけると祀られた一本の火箸を掴む。

「出来ましたか?」
惣の楽屋に國本が顔を出す。
鏡の中から惣が会釈をする。

「國本さん…客席の様子はどうですか?」
惣が出来上がって行く様子を、いつもと変わらず見ていた穂群が聞く。

「満員御礼ですよ…穂群さんも私と客席へ行きましょう」

「はい…」
何かを包んだ風呂敷と共に立ち上がる穂群に國本が気付く。

「その包みは?」

「これですか?んー…そうですね…今日一番の来賓…と言った所ですかね」

「そうですか…それは良いお席にご案内しなくては…」

「惣…客席から皆と観て来る…」
特に勘繰る事もせずに受け入れる國本の
こう言う雰囲気が眞絢に似ていると惣は感じた。
二人が出て行く姿を、やはり鏡越しに見送った。

「凄い人…」

「ありがたい事ですね」
ざわめく客席が、音合わせをする三味線の音に少しだけ収まる。

拍子木を打つ音と共に、バタバタと木戸が閉められて行く。
会場は静まり返り、真っ暗になる。

十分な間合いを取ると、正面の木戸を一枚だけ開ける…。
差し込む光が真っ直ぐに舞台に届く。

舞台には…
都織と惣が微動だにせず構えていた。
光に慣れた観客達が、その姿に気づく。

歓声と拍手、屋号を叫ぶ大向が飛ぶ。

それを合図とした様に、二人の舞が始まった。