「へぇー。火箸が俺の姿に…」
歩いて数分の小屋とホテルとの往復なので、惣は稽古着の浴衣とチェックのネルシャツを羽織った姿で穂群とホテルへ戻って来た。

「…惣だけでは無い…桜志郎殿の姿にも成ってみせたのだ…」

「穂群の意識を覗けるんだ?じゃあ、かなり高等なモノだって事か…」

「百年目…と言うのが気になるがな…」

「また九十九神様?でも…大切にされて来た…とは言えないよな」

放置する訳にも行かず、火箸を持ち帰った惣がベッドに腰を下ろす。

「言えないであろうな…」
サラサラと筆を走らせ、穂群が護符を書き上げる。

「あれ?いつもの護符と違うね?」

「ああ…いつもより強力だ…意識も意思も持っておるから…出さず、見せず…だ」
惣から火箸を受けとると、小さく何かを唱え火箸に乗せると護符は吸い込まれる様に消えた。

「桜志郎殿か…」
一部始終を見つめていた惣が呟く。

「惣?」
心配そうに穂群が振り向く。

「ん?いや…今では穂群しか顔を知ってる人が居ないだろ?本当に俺に似てるのか一度見てみたいかな…って」

「…違う…あのモノが化けて見せた惣も桜志郎殿も…」
穂群が首を振る。

「似てなかったのか?」
腰掛けた惣が穂群を見上げる。

「あの様に…惣は…口角だけで笑ったりせぬ…」
現に穂群を見上げる惣も優しい顔である。
その惣の頬に触れながら告げる。

「うん…じゃあ…似てなかったんだな」
にっこりと笑うと、頬にある手から穂群を引き寄せる。

「惣…あの…こんな折に…下世話なのだが…」
穂群の腰に腕を回し、柔らかい胸元で甘
える惣に穂群が声をかける。

「うん…」

「そろそろ…時間のようだが…」
その言葉に惣が勢い良く顔を上げる。

「うわ…第二会議室だったよな?」

「だと…聞いたが…」

予定の稽古が小屋で出来なくなってしまった為に、気を効かせたホテルが稽古用に…と会議室を提供してくれたのだ。

「ミーティング兼ねて昼食も会議室だからな…」
バタバタと浴衣を整えると部屋を出て行く。

(…國本殿は小屋に居るだろうか…何か分かると助かるのだが…)
穂群は、火箸を掴むと一人で芝居小屋へと出かけた。


「國本さんは…どちらに?」
小屋の裏で奈落での作業に不可欠な小型発電機を運ぶ大工に声をかける。

「中の舞台に居ませんかね?」
教わった通り、國本も心配そうに舞台を見ていた。

「國本さん。少し良いですか?」

穂群の姿に気付くと笑顔で答える。
「構いませんよ?修理となると大工さん達にお任せするしか出来ませんから」

二人は、穂群が火箸の意識を呼び出した石段に腰を下ろす。

「修理は一日で?」

「ええ…セリの蝶番を替えて、他の部分も補強する位らしいので…惣さん達にまた、ご迷惑をお掛けしてしまって…」

「ホテル側が会議室を開けてくれて…そこで稽古をするらしいです」

「そうでしたか…そして…穂群さんの用事は?」
眞絢と懇意にしていると言う國本も、同じ様な(おっとり)した中に、何処か掴めない雰囲気を醸し出す。

「実はこれなんですが…」
衣野家の家紋が入った手拭いに包んだ火箸を取り出した。