陽が完全に落ちてしまうと遠くに街の夜景が見え、ホテルや芝居小屋の周囲は観光客や参拝に訪れた人の姿が消え、静かな夜を迎えた。

「もう出れるか?」
スコープで姿を確認した穂群がチェーンを外しドアを開けると都織が入って来る。

「惣の着替えが終わったら出れるぞ」

「なぁ…こっちの窓って何か見える?俺
の部屋からは山と星しか見えないんだけど…」

「夜景と言うか…街の明かりが観える
が…」

「本当だ…お忍びで来るならこっちの部屋の方がウケそうだな…」

「また、その様なことを…」

「大丈夫だ穂群…言うだけだから…行けるぞ」
バスルームから準備を済ました惣が顔を出す。

「俺、そんなに遊んでそうに見えるのかな?」

「いや…お前位、芸事にマジメな奴も珍しいだろ」

「遊び方が(粋)ゆえ…軽く見えるだけで
あろうな…」
開いたエレベーターには先客が居たので、レストランのある階数まで無言でやり過ごした。

「いらっしゃいませ…個室をご用意致しております…」
カードキーで予約を確かめ案内された部屋で出て来た料理はバランスの取れた物で、このホテルに滞在する興行の関係者達も同じ内容である。

「暫くはホテルと小屋の往復だけだな…」
食事の後関係者から渡された日程を見て都織が溜め息をつく。

「明日は稽古だけ?」
着信をチェックしながら惣が聞く。

「顔合わせと稽古の後も後援会や芝居小屋の関係者達も交えたパーティーがあるらしいぞ…國本殿が言っておった」

「またスーツか…」
鬱陶しそうに都織が言う。

「そんなにスーツが苦手か?似合っておるのに…」

「ネクタイが締めれないんだよ…」

「なら…今日のは誰が締めてくれたのだ?」

「俺だよ…都織よりは着なれてるから」

「惣は学校の制服がネクタイだったからな…とりあえず、明日も宜しくな…おやすみ…」


翌朝…
穂群は自分でセットしたアラームで目覚めた。
起き抜けでも寝癖一つ無い黒髪を鬱陶しそうに整え、そこでやっと惣と同じ部屋に滞在している事を思い出す。
しかし、惣の姿は部屋に無くベッドにはホテルのメモ用紙に書かれたメッセージがあった。

(散歩して、大浴場に行って来ます。起きたら昨日のレストランに降りといで。)
ゆっくりと覚醒した頭でメモを読み取り、支度を整えて部屋を出る。

エレベーターホールに都織の姿を見つける。
「おはよう都織」

「おはよう…惣は?穂群一人か?」
残されたメモの話をしながらエレベーターに乗り込む。
着いたのは、団体客用のビュッフェ・ホールである。
スタッフや出演者を合わせて40人位だろうか?
それぞれが思い思いに朝食を楽しむ。

その中に、新聞に目を通す惣の姿を見つけた。

「惣…」

「メモ分かった?」
新聞を畳みながら朝風呂を堪能し、頬を染めた惣か見上げる。

「大浴場どうであった?」

「貸し切り状態で良かったよ」

「いいな…俺も行こうかな…」
少し遅れて都織も席に着く。

「…これで全員か?」
関係者の人数を穂群が気にする。

「だいたいね…どうした?」
都織が笑う。

「演目に変更は無いよな?少し時期がずれたが…」
この公演では、小屋の雰囲気や秋に合わせた紅葉狩やセリや奈落を活かした演目の上演をする。

「最低限の人数であろう?7公演もあるのだぞ…ましてや…小屋の設備は機械で無く人力だぞ?」

「ああ…それね…」
この街の毎年の一大イベントとなっている公演。
尽力してくれる地域のボランティアが活躍するらしい。

「その人達がセリを動かし、照明を担当するんだよ…」

「そうなのか…あの小屋は愛されておるな…」
昨日、暗点の感じられない芝居小屋の気を感じ取った穂群が納得する。