「へぇ…じゃあ、この間は大学休むのか?」
移動中の飛行機の中で都織の声がする。

「飛行機じゃ通えないだろ?台風の影響でずれ込んだから仕方ないんだけど…大好きなバイオの集中講義落としたし、俺…進級出来るかなぁ…」
残念そうに惣が機内に備え付けの雑誌に目を通す。

「自然が相手だと打つ手がないよな…国宝級の木造建築の劇場か…惣は今回が初めてか?」

「うん…昔、じいちゃんの公演に着いて来た事はあるけどね…」

「セリや照明装置も当時のまま…ってのも面白いよな」
本当にこの仕事が好きな都織が嬉しそうに話す。

「今回は延期になったから…って、市内でのお練りもあるんだろ?」

「らしいな…天気だと良いな…傘さして人力車は辛い。所で…穂群は?留守番?」

穂群は、劇場での仕事の他に…
ごく稀に時代劇での時代参考のアドバイスを頼まれる事がある。
言わば、生き字引なのだが…表向きは変えてある。

「兄ちゃんが出るドラマの持ち道具の事で、着いて行ってるよ…」

「ああ…あの年通ドラマか?こっちには来ないのか?」

「九州の野外セットを見に行ってるから、後で合流するよ。自宅で一人にするのは危ないからな」

「なんか過保護だな…でも、俺達みたいに東京から来るより近くだよな?」
都織の言う通り、空港からも電車とバスに暫く揺られ、やっと劇場に到着する。

「危ない…のは家がだよ…絶対に何かやらかすからな…火事とか出されたら困る…しかし…フェリーとバスの乗り換え…無事に着くのかな…」

「そんなに酷いのか?確かに…よく劇場で迷ってるの見るし方向音痴だよな…」

アナウンスが惣達の乗った飛行機が着陸態勢に入った事を知らせベルト着用のサインが点灯した。


(お前達も私に負けず劣らずの高齢だな…)
古いがピカピカに磨き上げられた柱に触れて穂群が笑う。

「まだ…出演者の皆さんやスタッフさんは到着して無いんですよ」
穂群を案内しているのは、この小屋の管理人をしている國本である。

「私だけ九州からの合流で…思いの外、早く着いてしまって。手入れが行届いている劇場ですね…」
珍しく現代の言葉で穂群が話す。

「ありがとうございます…この前の台風で屋根や奈落に被害が出て…毎年恒例の時期に公演が出来ずに…」

「こんなに早く劇場を再開出来るのは凄い事ですよ…」

「地域一丸で守ってる小屋なので…ボランティアや宮大工さん方のお陰ですよ」
二人は枡席へ入る。

「作りが現在の枡席より小さいでしょう?」

「確かに…四人用位ですか?」

「現在はそうです…エコノミー症候群とかもありますからね…当時は5.6人入れてたみたいです」

「昔の日本人は小柄だったから…芝居見物は高嶺の花の娯楽…当時は大きなイベントだったんでしょうね」
小声の会話でも良く響く。

「流石…歴史に関係するお仕事をされている方ですね…今と変わらず、年に数回の公演でしたから…」
國本は嬉しそうに笑う。
穂群は古い芝居小屋について、珍しく多弁になった自分に恥ずかしさを感じていた。

「失礼します」
威勢の良い声が響き、薄暗かった小屋に光がが差し込む。

振り返った入口には、小道具の運搬に来た業者の人達が立っていた。

「すみません…裏口は大道具の搬入でトラックの幅がギリギリらしいので、こちらから失礼します」

「はいはい…ご苦労様です…開け放てば明るくなるのでお待ち下さい」
業者の人に指示を出す國本を残し、穂群は小屋の外へ出た。

(惣達一行は今、どの辺りだろうか…)
薄暗い小屋の小さな戸口から抜け出ると、大きな伸びをする。

「散策してみるか…この周辺ならば迷わずに戻れるだろう…」

芝居小屋の周辺を歩いてみる事にした。
裏側では、確かに大型のトラックから大道具を運び出す者たちの姿が見えた。

その先に進むと、街を一望出来る程に開けた所に出た。
「こんな高台にあったのか…意外に街は都会的なのだな…」
周りを見渡す穂群は一段低くなった場所に、小さな祠を見つけた。