「あれ…?沈香(じんこう)の匂いがする…」
扉を開けたと同時に眞絢が言う。

「沈香?確かに甘い匂いがする…」
スンスンと惣も鼻を利かせる。

「沈香…演目にも出て来るやつだよ」

「ああ、あの香木って、こんな匂いなんだ?」

「穂群が焚いたんだよね?」
リビングのドアを開けると、護符を燻らす穂群の姿があった。

「帰ったのか?」
手元を見つめたままの穂群が言う。

「何してるんだ?」

「香を焚きつけている…都織の煙管の時と同様に動かないモノならば良いが…万が一動くモノだったら香の匂いで場所を探る為だ…」

「…何かわかったから準備してるんだ?」
キッチンの冷蔵庫に直行していた眞絢がカウンターから顔を出す。

「ああ…これを拾った…」
穂群は、和紙をポケットから取り出すと、眞絢、惣と共に見憶えはあるが思い出せない小さな物が包まれていた。

「なんだっけ…これ…何処かで…」

「眞絢兄ちゃんも?俺もなんだよ…」
二人が記憶を辿る姿に穂群が呆れる。

「二人共…公演中は世話になっている物であろうに…」

掌から指先に移した惣が何かに気付く。
それは、マッチ棒の様な形をしている。
「これ…香盤表の?」

「それだ!で…見覚えがあるんだ!これが珍しいのか?」

「場所が気に掛かっている。舞台上で拾ったのだ…」

「誰かの刺し忘れか?」

「週末毎の巡業に使う?連日公演のある劇場ならまだしも」

「あ…確かに…」

「…持ち主は分かっている…正確には落とし主か…」
二人のやり取りに水を刺す穂群が続ける。
「柱谷さんに関係するモノだった…」
静かに穂群が告げる。

「え?琴比良君じゃなくて?」

「ああ…さっき覗いた」
二人は顔を見合わす。

(週末毎の巡業)では香盤表の必要は無い。
役者の身内であるとは言え、柱谷が持ち主である。
穂群は小さな木で作られた香盤釘を覗いた。

♢♢♢

穂群は、古い時代の記憶が出て来ると踏んでいた。
しかし、香盤釘からは季節の関係で服装が違う程度の柱谷が登場した。
(彼女の持ち物か?)
しかし、違っていた。

京都にある自宅の倉でみつけた物だった。
穂群が拾った時同様に、和紙に丁寧に包まれている。


♢♢♢

「じゃあ、彼女に返せば良いんじゃないのか?」

「モノが潜んでおるのにか?」
念の為護符に包み代える。

「彼女は舞台に上がったのか?」
通う大学と言う事で惣に二人が注目する。

「劇場とは違うんだから…機会があれば学生でも上がれるよ」

「そうか…まだ、大学の劇場には入れるか?」

「今からか…入れない事も無いけど…一緒に行くか?」