「おかえり…眞絢(まあや)…惣ならば大学だが…」
玄関には惣の伯父である眞絢の姿があった。

「ただいま穂群、何か変わった事は?」
面差しは確かに惣に似ている。
惣の母親の弟である眞絢は、15歳しか離れていない甥っ子の惣とは兄弟の様である。

「眞絢の海外公演はどうだった?」

「無事に終わったよ…姉ちゃん達にも会えたしね」

「そう…か…」

「心配するな…姉ちゃんもライルさんも惣の事、本当に気にかけてたから」
笑った顔が一番、惣と似ていると穂群は思っている。

「ああ…眞絢…焼けたな…」

「うん、ゴルフしたからね…あれだけ白粉塗り込むんだから分からないよ」
長旅の割りに小さく作った荷物を解きながら笑う。
眞絢は基本的に笑顔が絶えない人間である。

「次の公演の予定が入っているのか?」

「んー?あ…これ穂群へのお土産ね…え?何?」

「いつもありがとう…で、公演だが…」

「公演?なんかね…急遽、呼ばれた…」

穂群への土産は、アンティークの髪留めだった。
「急遽とは?」

「惣も出るんでしょ?都織と…」

「鑑賞教室に眞絢が?」
伝統芸能を若年者に楽しんで貰う為の公演である。

「今回はナビゲーターだっけ?惣は」

「ああ…惣の大学のホールでもあるらしくてな…眞絢は?」

「鳴神…」

「それは久しぶりの立役だな…」
最近は女形役が多い眞絢にとって、久々の立役となる。

「多鷺野(たさぎの)君が脚を痛めたって連絡を受けたのが、さっき空港に着いてからだよ」

「それは急だったな…」

「うん…本来なら後二日はゴルフ出来たんだけどね」

「兄ちゃん帰ってる?」
台本を二冊抱えた惣が帰宅した。

「ただいま」
ソファーにごろ寝したまま眞絢が惣を迎えた。

「台本、預かったんだけど…鑑賞教室に出るの?」
帰りに寄った稽古場で知ったのだろう、眞絢の分の台本を持っている。

「急遽ね。惣がナビゲーターなんだってね?」
にこやかに眞絢が言う。



夕食後、惣は眞絢からの土産とは別に千雅からの土産の包みを受け取った。

「…開けないのか?」
不意に覗き込む穂群の姿に驚く。

「な…ビックリさせるなよ…開けなくても大体分かるよ」

「どうしてだ?」

惣が好きだと言った事のあるブランドの服が千雅からの土産の定番となっていた。

「ほら…やっばり…ここの服だろ?」
苦笑いで惣が穂群に見せる。

「嫌なのか?」

「嫌じゃないけど…今は日本でも買えるしな」

「ならば…千雅に伝えろ…」

「穂群?」
思わぬ穂群の言葉に驚く。

「子供は親に他の欲しい物をねだる位のワガママは許されるぞ」

「ああ…」
言い返しもせずに惣は自室へと戻った。

「言い過ぎたか…」

「いや…図星なんだよ」
独り言のつもりで呟いた言葉を、バスルームで聴いていた眞絢が顔を出す。

「眞絢…」

「まぁ、7割は姉ちゃんが悪いんだけどね…惣だってもう大人なんだからさ」