「初日よりの満員御礼だな」
胡蝶蘭を始めとする花や、楽屋見舞いの品が並ぶ都織の楽屋に穂群の姿があった。

「はいはい、ありがとうございます」
白粉を落としながら鏡越しに都織が返事をする。

「凄い拍手と大向こうだったな…次に惣が出にくそうだった」

「だと嬉しいけどな…楽日まで頑張るわ」
鏡越しに都織が笑ってみせた。


「惣…」
初日を終えた惣の楽屋に穂群が現れる。

「穂群…あ…無事に初日を終える事が出来ました…」
楽日同様に、決まりの挨拶を二人は交わす。

「お疲れ様でした…帰れるか?」

「ああ…」

生憎の小雨の中、二人は地下鉄に乗る。

「なぁ、穂群…」
軽く混んだ車内を、穂群をシートに座らせ前の吊り革に掴まる惣が問う。

「どうした?」

「都織…煙管の弦翁さんに惹かれたのかな?」

「どうして…そう思うんだ?」

「煙管の事、庇ってたし…女性が…って…」

「かもな…」
惣を見上げて穂群が笑う。

「それって、自分に似た弦翁さんだっただろ?」
言い難くそうに車窓に目をやる。

「ナルシストか?」
穂群が言い放つ。

「うん…」

「まぁな…結局…弦翁を知るのは煙管だけだったからな…多少は似ていたが…都織の念も入って生み出された偶像に過ぎないだろうな」

「そっか…」

「何をあからさまに安心している?役者衆は昔からナルシストだぞ…その位でなければ勤まらん!」

「そうなのか?俺もナルシストか?」

「近い物はあるな…」

「なっ…何処がだ?穂群…」

足早に改札を抜ける穂群に食い下がった。
「初日だからだろう?ありがとうな…穂群」

「扱いにくくないか?」

あの夜…
都織は、煙管と何を話したのだろうか?想像は出来るが。
ただ…
煙管を封印し、舞台小道具として新しい護符を施した。

「大丈夫だ…額割れたら…って一瞬だけ思ったけどな」

「そうか…」

「弦翁さんってさ…廃業した後も、後進の育成に力を入れたんだってさ…」
ポツリポツリと都織が話始める。

廃業に追いやったとは言え、この愛着のある煙管を手放した理由でさえ、資金難の一座を守る為であった。

(美しい女形だった…)と噂程度にしか伝わっていなかった理由も、顔の傷なのだと今ならば都織にも分かる。

「良かったのか?封印してしまって…」

「煙管の意思だ。俺も化身とは言え弦翁さんに会えたからな」

「煙管も、また舞台に上れる様になったしな」

「うん…それに俺、決めたんだ…」
やっと鏡から振り返って都織が笑う。

「何を…だ?」

「俺も…絶世の女形って言われる位に芸を磨こうと思う。いつか…ずっと未来に
同じ様に煙管に宿って、子孫の前に出てやろうと思ってさ」

呆れてしまう様な答えだったが、前半部分に都織の信念が込められている気がした。