自分(煙管)を召喚させた穂群の力を思い出した様に、大人しく問いに答える。
「…同じだから…」

「同じ…とは?」

「弦翁様を二度と舞台に立てなくしてしまった演目…」

「…白浪五人男か?」
言葉は無いが、シャラシャラと簪を揺らし煙管が頷く。

「あ…」
演目の見せ場が穂群の頭を過った。

「…弦翁は…お前で…」

「そうです…」

弦翁は、この煙管で役者の命とも言える顔に傷を負ったのだ。

「あの場面か…」
穂群は素早く印を結び、煙管の記憶を覗く。


♢♢♢

「じゃあ…あの煙は?」

「自分の姿に気付かない者達を止める唯一の方法だったのだろう」
稽古中に、火災報知器が作動した煙。

「穂群の護符は?軽いとは言え怪我まで負ったんだぞ?」
キッチンから惣の声がする。

「惣、穂群の事だとムキになるな…」
都織と穂群が顔を見合わす。

「いや…ヤキモチに近いだろう…煙管と同じだな」

「煙管がヤキモチ?」

「まあ、煙管は、その気持ちは持ち合わせて居ないだろうがな…」

「どう言う意味だ?」

「自分(煙管)が知っている一番美しい者に姿を変えてみたが…新しく自分を使う都織の美しさに嫉妬をしたのだ」

「でも…変じゃないか?」
料理を並べながら惣が首を傾げる。

「変…とは?」

「状況を知らせたかったんだろ?発煙したり護符を振り解くのは分かるけど…」

「そうだが…」

「穂群…俺が言う…」
穂群に笑顔を見せ、都織が続ける。

「俺の事…弦翁の再来だ…とか評価してくれる演劇評論家とかが居るだろ?」

「俺だったら叔父さんの若い頃…とかってやつか?」

「うん…俺の場合、文献や浮世絵がせいぜい」

「十八番(オハコ)の演目とかな」

「だから…本当に似てるのか気になってたんだ…」

都織のその思いも、煙管に物として以上の力を持たせた。
そして…穂群を手負いさせる程の力を手にした。

「じゃあ…本当に似てるのか?都織と弦翁さんは?」
申し合わせた様に、惣が話に加わる。


「まあ、どれだけ似てるか気になるよな…これ…どうする気だ?」
都織が持って来たのは、桐の箱に入り薄紙に包まれた酒だった。

「私は会ったが確かに美しいぞ」

「そんなに?」

「ああ、しかし…良い酒を持って来たな…」

「上等な酒を持って来い…って言ったのは誰だよ!」
都織の言葉に、穂群と惣が目配せをする。

「酒が好きなのは、その煙管だ…」

「煙管?」
都織は思わず素っ頓狂な声を出す。

「都織…今から…会わせてやる…かなり酒豪なヤツでな…私でも敵わなかった」
朗らかな笑顔ながら、穂群は陰陽師の顔を見せる。

「とりあえず、ツマミも出来たからな」
惣がグラスを二つ食卓に並べる。

「久々の大仕事だから…時間は限られるがな」
穂群は両手を合わせる。

「俺の意思は無視か?」
慌てる都織の声が、消えてしまう様な静寂がリビングを包む。
その瞬間、別の次元が現れる。

「これが…穂群の力か?」
同じリビングに居るのだが、明らかに重厚な層を都織でさえ感じる。

シャラシャラと小気味好い音を感じ振り返る。
そこには…美しい振袖に身を包んだ煙管が現れた。



「おい…大丈夫か?」

「少し当てられたか?都織!」
リビングには穂群と惣の、いつもと変わらない姿があった。

「なぁ…どれを指して言ってる?」

「うん…全部だけど…」

「時間的には20分と言った所だな…」
穂群が苦笑いをする。

「なんで…俺に…会わせたんだ?」

「煙管の願いだ…アレも力を使い果たすだろうな」
昼間、酔いどれの煙管に頼まれたのだ。

「都織の意思は無視?」
穂群にも考えがあっての事だと知っている惣が笑う。

「この際はな」
穂群も笑う。