翌日、惣は穂群と共に都織の楽屋に居た。

「え?煙管を舞台で使うのは止めろ?」
びっくりした表情で、穂群が告げた言葉を都織が繰り返した。

「左様…」

「どうして?先代の呪いとか言うのか?」

「まだ分からない…ただ…原因は女にある…」

「女?」
意外な原因に都織の声が裏返る。

「生身の女とは限らぬがな…」

紫に染まる護符は嫉妬心の印…

「何とかならないのか?初日までに…」

穂群は首を横に振る。
「分かったのは原因のみ…方法は見つかっておらぬ…」

「それを何とかするのが穂群じゃないのか?」
少しだけ声を荒げた都織を惣が宥める。

「都織…原因が分かっただけでは動けないのを知ってるだろ?」

「だけど…」

「都織…お前は何故、この煙管に拘る?」
やっと口を開いた穂群の瞳に気負いしながら都織が答える。

「それは…」

「言えぬのか?」

「それは…」

「言えぬならば…こちらから見せて貰うまでだ…」
そう言うと、穂群は小さく印を結ぶ。

触れても居ないのに、都織が貼り付けた護符が剥がれ煙管が剥き出しになる。

穂群は煙管の記憶を覗き見る。

穂群が媒体となり、惣や都織にも煙管の記憶が入って来る。

♢♢♢
「お納め下さい…贔屓筋からの付け届けにございます」
粗末な作りの楽屋に届けられた包みを開く。

「これは美しい細工…」
嬉しそうな声を上げるのは、美しく着飾った女形役者の様だ。

「喜んで戴けて嬉しいです…」

「ええ…見せびらかしたい位です…」
本当に嬉しそうに煙管を持ってみたり、ハスに構えてポーズを取り、はしゃいでいる。

「それでは…演目の小道具としてお使いになられては?」


♢♢♢

「この女性は!!」
都織の声に穂群の集中が解かれ、煙管が投げ出さる。

「穂群…」

「大事ない…消えてしまったが…都織に聞けばいい…心当たりがありそうだな」
呼吸を整えた穂群が笑う。

「男だったのか?」
都織が呟く。

「男どころか…初代の弦翁(げんおう)殿だ」

「都織は先祖から嫉妬されてるのか?」
投げ出された煙管を拾い上げ、惣が手渡す。

「何の為にこの姿に…俺の前に…」
受け取った煙管を見つめ、何らかの思いを反芻する都織を穂群は見逃さなかった。

(都織の前には姿を見せるのか?)
初日前の総仕上げの支度に入る惣の様子を見ながら穂群は考える。

(それも、持ち主の姿で…)
珍しく苦悩する穂群は、長い間培った事例を巡らせる。

「まとまったか?」
美しい藤の精になった惣が笑う。

「あ…いや…」
青年に成長した惣が変身して行く様子を見るのが好きな穂群が、それを忘れる位に厄介な事例なのだろうか?

「出来はどうだ?」

「ああ…美しいぞ…」
半衿に付着した白粉をはたき落としてやりながら穂群が笑う。