本と私と魔法使い

じゃあ、と多季が水色の目を見つめた。あたしの顎を慣れた手つきで上げた。


「名前を差し上げましょう。…そうですね、この辺りの民話をご存じですか?」
「知らないわ」

「サリサ、なんてどうです?」

「さり、さ…?」

「確かどっかの話の主人公だったんじゃないですかね?とても憐れなヒロインだった気がします」


覚えてないんですけど、と口の端をあげて笑った。
似てるっていうの?、と聞くと、

「それもあるけど、響きがあなたに似合ってる」


サリサ、
新たに貰った音がゆっくり溶けていく。

「じゃあ…あたしを、そう呼んで…リリィじゃないのよ、あたしは」



リリィじゃないの。
その言葉は彼には全く届かない。


―…
アーベルの眠っている奥の部屋から抜け出して、アイリスの部屋を覗いた時だった。

「お盛んなことで」

「なにがよ…多季」


ここ、と首をさして、多季はキスマークと言った。つけられたのか、とサリサはため息を落とした。多季はあの頃と変わらない。まぁ、サリサだって変わってなどいないのだけど。

「アイリスに会いに行くの?」

「そんなとこですね」

「もう寝ているんじゃない?早寝だから」