本と私と魔法使い

「多季っ!!…どういうことよ!!」


歩いていた多季の腕を引っ張り、声を荒げた。灰色の目がこっちを見た。

「そのまんま、です。アーベル様は昔、愛された方がいましてねぇ…。そのお方は運悪く流行り病で亡くなっちゃたんです、名前をリリィ」


リリィ、よく聞いたその音を口の中で転がす。

「…じゃあ、あたしは」


身代わりだっていうの?

「アーベル様はそれを大変悲しみ、いつしか死んだのではなく、どこかに消えてしまっただけで、自分の場所に帰ってくると思い込むようになりました…」


つま先から冷えていくようだった。今日は暖かい日のはずなのに、寒い。

「アーベル様は、魔質をもつ者を生け贄にし、リリィ様の遺体を掘り起こしその器から新たにあなたという存在を造り出した。」


だから、あの時の言葉は、また逢えた、だったのね。
頭が痛い。じゃあ、あたしは何なの?身体はリリィでも、確かに今ここにいて、思考しているあたしは、何なの。


あたしは額に手をやった。足がふらつく。床が歪んでいるような気がする。
「大丈夫ですか、リリィ様」

多季が掴むが、その手を振り払う。涙をためながら、多季を睨んだ。


「その名前で呼ばないで…っ!!」


あたしは、リリィじゃないのに。
あぁ、でもじゃあ、あたしは何なんだろう。あたしは、リリィという名前しか知らない。