本と私と魔法使い

あどけない、子供のような微笑み、に、何故か泣きたくなった。


「何故…そんなに泣きそうな顔をしているの?」

アーベルはサリサの頬にキスを落とした。
続いて首へ、アーベルの髪こそばゆくなって目を閉じた。

この濃いブルーの目は、あたしを通して誰をみているんだろう。
アーベルが不器用にサリサを押し倒した。

あぁ、また。

大切にしてくれている、でも、あたしじゃない。
それを知る度、サリサは胸をおしつぶされそうな苦しみが襲う。
頭にアルザの顔が過った。
軽やかに笑って、サリサだけを見て、"綺麗だ"と言ってくれる人。

ごめんね、あたしはこんなに、汚いの。
でも、逃れられない、だって、あたしはー…


サリサは涙を堪えながら、アーベルに手を伸し、頬をゆっくりなぞった。


「いつか、かならず…あなたの目に空を見せますから…」

青い青い、どこまでも続く青空を。
あなたの目が光を取り戻した時、やっとあたしも自由になれる気がするの。

アルザ、会いたい。

アーベルに抱かれながら、意識をサリサは手放した。


―…

秋の初めの頃、サリサという存在は誕生した。無機質な空間に横たわる何も纏っていないサリサをアーベルはゆっくり抱き締めた。

「また逢えた……」


低く掠れたような声がした。アーベルから流れた温かい涙がぽたりとサリサの白い肌に落ちた。

「リリィ」


その響きは、名前だという。何も持たない空っぽの心にことんと落ちた。


サリサは、母や父という存在を持たない。
それらを必要とせずに生まれた、と聞いていた。