本と私と魔法使い

お父さんの浮気相手が指定した場所は、駅前の珈琲専門店。

「あの…裕司さんの、娘さんですよね?」

そっと声をかけたのは髪を内巻きにした気の弱そうな女性。心配したくなるような細い体は今にも折れてしまいそう。

「はい、えっと…」

「内名、里見です。…取り敢えずすわりましょうか」

丁度空いていた向き合える席に座り、私は飲めもしない内名さんと同じコーヒーを頼んだ。
運ばれてきたコーヒーの湯気を見ていた内名さんは、重々しく口を開く。


「裕司さんは、同じ会社の上司でした。…わたしが、辛かった時、側にいてくれたんです。…ずっと、ずっと…。…いろんなお話をしました、ご家族の方を…すごく大切にしてらっしゃる事も知っています。」


でも…、と伏し目がちの目初めて私に向けた。
とても強い目で、私の方が顔を背けたくなった。

「わたしにとってもすごい大切な人なんです…!!…欲しいなんて言わないです、別れて欲しいなんて思わないですから…、お願いです、…わたしから、あの人をとりあげないで…!!」


痛すぎるくらいの悲痛な叫び。

ああ、この人は弱いんだ。
私のお父さんがいなければ息もできないくらい辛い。一人では立てないみっともないくらいの、
恋なんかじゃない、愛のそのまた先の執着。

苦いコーヒーを飲み干し、席を立とうとすると、内名さんが私の腕をつかんだ。


「ぉ…願い…、だから…っ」

掴まれた腕が気味悪くて思わずふりきり外に走って出た。

お母さんが、ああなることだってあるんだ。
きっと、内名さんだって最初からあんなに弱かったわけじゃないはずだ。お父さに出会って変わったんだ。
お父さんが変えたんだ…責任なんてとれもしないのに。



その後、簡単すぎるくらいに離婚が決まり、私はお母さんに引き取られた。

ー…