大江戸妖怪物語


別に炎刀を手放せば、簡単に龍から下りることができた。しかし、なぜ僕はこの刀から手を離すことができなかったんだろう・・・。

沼の中、僕は考える。沼の中をより深く、もっと深く潜ろうとする龍の鱗には、僕が付けたとは別の傷、真新しいバツ印の切り傷があった。その傷を撫でる。

神門(ああ、こいつも雀陽に操られているんだもんな・・・お互いに・・・悲しいな・・・)

だんだんと息が苦しくなる。沼の底にたまった落ち葉やヘドロが僕の頬を舐めるようにぶつかってくる。そして、口の中の空気をすべて沼に出し切った僕の目の前は、色彩が消えて行った。そう、あの世界のように・・・。


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子供「うわー!こいつ、うわさにきいてたけどやっぱりきもちわるいなー!」

子供「でしょー?かたっぽしか、おめめがないの」

子供「ばけものはたいじしなくちゃな!かんぜんちょうあくだ!このようかいめ!」

神門(な、なんだこれ・・・)

そこはまた、色彩のない世界。子供の僕がどこかの家の田んぼのそばで座り込んで泣いている。

神門「や・・・やめて・・・!ぼ、ぼくだって、のぞんでこんなからだじゃ・・・」

子供「だまれー!妖怪は消えろー!」

子供「せいばい!」

子供の僕の後頭部は誰かに掴まれた。そしてそのまま、田んぼの真っ黒い水の中に無理やり顔を押し付けられた。

神門「うぐ、ぼぐぇっっ!ごぼ・・・ぐぼ・・・・!!!!!」

気持ちの悪い水の中。土が子供の僕の口に入り、食道、胃へと消えていく。落ち葉も彼の体内へと消えていった。

子供「おらおら、すがたをあらわせ!ようかい~!」

この色彩のない世界。所詮は夢。大人の僕が話しかけても、彼らからは見えない。だってこれは僕の記憶なのだから。

つまり、泣き、喘ぎ、悶え、たとえ彼が命の危機に瀕することがあっても、僕は干渉できない仕組みというわけだ。

助けてくれる人は、いない。

神門「ぶはっ!!!!」

子供の僕がようやく水面から顔を上げた。しかし、体内の異物を外に出すという構造は他の人間と変わらない。子供の僕は飲み込んだすべてのモノを、逆流させ口から吐き出した。
子供の僕は息を切らし、肩を上下に激しく揺らしながら、小刻みに震えていた。

子供「うへっ、きったな~い!ばっちい!!」

子供「きもちわるい!さっすがようかいだな!!」

子供「もういっかい、せいばいしようよ!」

彼の周りを取り囲む子供たちは天真爛漫で。天使のような笑顔で。悪者を倒すヒーローのような顔で。

彼らはきっと、家に帰れば可愛い、やあ可愛いと家族に撫でられて、愛くるしいと思われているのだろう。しかし、その家族だって、この光景を見れば、自分の子供は邪鬼に憑りつかれているのではないかと思うだろう。