大江戸妖怪物語


「すみません、救急箱とかあります?」

雪華は集会所の中にいる人に話しかけた。

「雪華・・・僕を心配して・・・」

「消毒液で苦痛に歪む貴様の顔が見たいなあ早く」

「鬼かお前は!」

程なくして救急箱が届く。中には明らかにしみそうな消毒液が入っていた。

「さてと、まずは消毒か」

(やめて、生き生きした表情で消毒液を持つのはやめて)

「手、出せ」

僕は渋々左手を差し出す。治療は嫌だが、悪化して膿んだりしたら最作だ。

「・・・お前なぁ」

僕の左手を見て雪華はため息をついた。そして自らの左手を僕の左手の下に、右手を僕の左手の上に置いて、撫でるように触ってきた。

「痛いの痛いの私に来なさい」

「・・・へ?」

僕は頓狂な声を出した。あの、冷酷な雪華が、鉄仮面の雪華が、鬼の雪華が、僕に対して『痛いの痛いの飛んでけ』的なことをしてきている。それはもう、驚くしかなかった。

「フッ・・・こうやって昔、お前が転んだときに謎のまじないをしていたな。お前はちょっと転んだくらいで泣いていたからな」

「・・・雪華?何言ってるの?」

「何って?」

僕はふと、少し前に見た夢を思い出した。




【・・・お前が忘れたから。すべて忘れたから。・・・】




「僕ら、出会って間もないよね?だってまだ出会って一ヶ月もしてないよ」

「え?・・・あッ・・・」

雪華は何かに気づいたようにすぐ手を離し、口に当てた。
雪華は何故か顔を少し赤らめた。

「なんでもない、気にするな」

「え~?気になるじゃん!教え・・・すんません」

そこから先の言葉は雪華が握りしめている氷柱によって遮られる。

「まあいい・・・」

雪華は氷柱を細かく砕いた。それを小さな袋に入れ、僕に差し出してくる。

「・・・これで指を冷やしてろ。神門の分は、私がやって来る」

雪華はそれだけ言って外へ行った。外から金槌を叩きつける爆音が響いてくる。畳の部屋にポツンと取り残された僕。

「僕・・・何か忘れてる・・・?何かを・・・・・・」

つぶやいても、もちろん帰ってくる返事はない。

「・・・だめだ。なんにも思い出せない」

僕は胡座をかき、頬杖をついた。

「まぁ、大したことじゃないのかなぁ・・・。お、ジュースが置いてある」

僕は机の上に置いてあった、紙パックのみかんジュースを啜った。
するとオジさんが襖を開けた。

「?おい神門くん、ここにあったジュース知ってるか?参ったな、あれ賞味期限去年なのに」

「ブ―――――!!」

(どうりで雑巾みたいな味がすると思ったら・・・!)

幸い飲まなかったため、その後腹が下ることはなかった。