このことは雪華に言っていいことなのか。そのことに悩んだ。
でもこれから先、暮らしを共にするなら話していたほうがようのか。
「神門、言いなさい。私、お母様を傷つけるのは嫌よ」
雪華は真っ直ぐな瞳で僕を見つめる。僕は真実を話すことを決心した。
「雪華がそこまで言うのなら話すよ。・・・・」
月が雲に隠れた。遠くで梟らしき鳥が切なく鳴いている。
「僕の父さんは・・・僕が小さい頃に亡くなった」
江戸は静まっていた。それは鎮痛な無音で。
雪華は目を丸くしたが、すぐにいつもの落ち着いた表情に戻った。
寂しげな明かりが僕ら二人を照らす。ゆらりゆらりと揺らめき、二人の影を変化させながら。
「あ、小さいって言っても赤ん坊の頃。だから記憶がないんだ。多分生まれて間もなくだと思う。僕が知っているのはここまで。父さんと母さんの馴れ初めも知らないし、そして僕は父さんの名前も知らない」
風が強く吹いて戸をがたがたと揺らした。外は寒そうだ。
「まあ、死んだ父親の名前くらい普通覚えてろよって話だよね。でも、聞けなかった。その話をするたびに、母さんの顔が寂しげだったから。でもね、なぜか父さんの声を覚えているような気がしてるんだ」
「・・・それは不可能ではないか?なにせお前はその時はまだ赤子・・・。記憶などあるわけないだろう」
「うん・・・ぼくもそれは疑問だったんだ。耳に残るというかふわふわとしているかのような・・・。どんな声だったか、って聞かれると、正直戸惑うよ。ただ一言だけ、たった一言だけ・・・覚えてるんだ・・・・・・」
雪華の顔に月明かりがさし陰影が付けられる。
その顔はまじまじと僕を見て。
「『お前は苦労するかもしれないが・・・いつか父さんの後を・・・』ってところだけ。結構曖昧だけど」
「・・・なるほどな。お母様は母の手一つでお前を育てたというわけか」
「うん。だから僕は後を継いだんだ。『刃派』をね」
「そうかそうか。刃派を継ぐまではよかったが、途中からこんなヘタレに・・・」
「まてまて、なんか変な言葉聞こえた」
「もっと強い男になれよなあ。まだまだ弱者ぞ」
「胸に刺さるんですけど」
「まあ・・・頑張れよ」
雪華はそういい残し、居間を出た。
「あ、それと」
雪華は僕の方を振り向く。
「花火大会、一緒に行ってやっても良いぞ?」
いたずらっ子のような雪華の表情。
僕はすぐにOKの返事を出した。
「・・・非リアめ」
雪華は鼻で笑い、自らの部屋へと戻った。
「・・・さてと、僕も寝るか!明日は花火大会の準備もあるし!」
僕も自分の部屋へ向かい、明りを消した。


