大江戸妖怪物語


「雪華か」

「お久しぶりね」

不動岡さんは僕の右手を放し、雪華の元へ歩を進めた。僕は肉刺を握られたため悶絶中。

「雪華・・・こんな所で何やってるんだ?」

不動岡さんは腕組みをしながら聞いた。

「私たちはこの事件を伺いに来たの。妖怪が関わっている気がしてね」

「ちょ・・・雪華?!」

一般人に妖怪について言ってはいけないと言ったのは、雪華である。その雪華が警視庁総監相手に、妖怪について話している。
そんなこと信じてもらえるわけが・・・

「やはり・・・妖怪が関わっていたか」

不動岡さんは納得した。・・・何故ッ?!?!前に雪華が言ってた「時期と相手を見てから」って言ってたのは、このこと?!?!

「そうね、もしかしたら警察に情報いってないかもしれないけど、少し前、私たちの家の近所で晴朗という男が変死した。眼球を刳り貫かれてな。晴朗の母も疑問に思ったらしいが、警察沙汰にはなっていない。一応、知らせておく」

「貴重な情報提供、感謝する。しかし、だ。俺に言えば事件の詳細を詳しく教えてやってもいいのに。何故屋根の上で見物しているのだ」

「ふふッ・・・。警視庁総監のあなたに常時逢えるわけないでしょう?そしてあちらの世界にはあまり戻らなそうだものね、あなたは。屋根の上で見ていたのは、あまりにも野次馬が多すぎたからよ。私たちのこと、下から見えてたのかしら?」

「見えはしない。だが、この俺が存在を感知することができないはずがない。他の奴は気づいていない、俺だけが気付いた」

不動岡さんは口角を上げた。

「あと会えたついでに言っておくけど、吸血事件のこと。あれは私たちが片づけといたわ。犯人は絡新婦。人間名は佐波釛。人殺しラブとかもの好きね」

「雪華・・・。そんなに言わないほうがいいんじゃ・・・」

あまりにも饒舌に喋る雪華を見て、僕は少し不安になる。

「良いのだ。神門。この男には」

不動岡さんは僕に一瞬目をやるが、すぐに雪華の方に向き直った。

「こっちで倒しておいたわ。血が大好物とか言ってたわよ。こちらも仕事上、暴走する妖怪を止めなくちゃならなくてね。容疑者死亡って状態で。だから捜査する必要はないわ」

「絡新婦か・・・。あの埃は絡新婦の糸・・・。なるほど」

不動岡さんと雪華はとても仲好さそうに喋る。ちょっと胸がチクリとした。

「ではこの男は・・・」

不動岡さんは僕のことを見て言った。

「こいつは紅蓮神門。ほら、刃派の・・・」

「あー、あそこのね」

「今、私はそこに住んでいるのだ。そしてこいつは炎刀の使い手・・・背中の太刀がその証拠・・・」

不動岡さんの眉が上がった。

「この男がねぇ・・・」

「もちろん、妖力もあるわよ。私と一緒に江戸の悪しき妖怪退治をしているの。逮捕は勘弁してあげて。さぁ、早く手錠と羂索は腰に戻して頂戴な」

「ふむ・・・それならしょうがない」

不動岡さんは握りしめていた手錠と縄を腰へ戻した。
僕は安堵し、胸を撫で下ろす。