『なぁて!!』

女性は人通りの少ない路地に入って立ち止まる。シンと目を合わせようとしない。走ったからなのか、少し震えているようにも見える。

『俺が見えるんか??』

もう一度 同じ質問をしてみる。女性は大きく深呼吸をし、初めて言葉を発した。

「見え…ます」

はっきりとした口調でそう言った。

沈黙が続く。
先に口を開いたのは、女性の方だった。

「さっきは、急に逃げちゃってごめんなさい」
『あ、俺の方こそゴメン!逃げ出すんも無理ないわ』
「幽霊 見たの初めてやったから…って言うのも失礼ですよね」
『気にせんでええよ』
「…ありがとう」

女性は優しく笑ってそう言った。

「じゃー私はこれで」
『待って!!』
「…はい?」

シンはびっくりしていた。女性を呼び止めた理由が、自分でもわからなかったからだ。

『いや、あの…なんや…その』
「??」
『俺、神谷 心!神様の神と谷、心(ココロ)って書いて心(シン)と読む!!』
「…はぁ」
『…』
シンはそこまで言うと黙ってしまった。

「……福本 心(フクモト ココロ)」
『え?』
「福引きの福に本、心(シン)って書いて心(ココロ)と読む…」

シンはきょとんとした顔でココロを見つめた。

「おんなじ漢字やね、心(シン)と心(ココロ)って」

さっきとは違って、いたずらっ子のような、無邪気な笑顔をシンに向けた。

「シン君?」
『あ、ゴメン!!…てか仕事?とか大丈夫なん??』
「あ゛−ッ!! 10時カラ会議やったんやぁ! じゃまた」
「おう…」

ココロは駅の方に走って行った。現在の時刻、9:57。…間に合わないだろう。