「てか、なんでそれ見て悩んでんの?」
「えっ?」
伸一が指先を向けたものをあたしも見る。
それはまぎれもなく、さっきまで見ていた進路希望調査票だった。
「……、悩んでなんかないよ」
躊躇うように一呼吸置いてから笑顔を振りまく。
今さら隠したってどうしようもないことなのに、気付けばプリントを持つ手を背中に回していた。
「絶対嘘だ。悩んでないなら、眉間にしわ寄せてプリント見てるはずないって」
「………」
伸一は困ったように笑うあたしと同じ表情になりながら、いつものお決まりの位置に座る。
ピアノに向かって座るあたしのすぐそばにある席。
あたしが練習をしている間伸一はずっとそこに座っているから、その椅子は今では伸一の特等席だった。
「…悩んでんのって、麻木のお母さんのこと?」
その特等席に座ってこちらを向く伸一の目はあたしを捉えて離さないほどの力強いものなのに、口調はそれとはうってかわって優しくて遠慮がちだった。
聞きたいけれど、戸惑っている。……そんな感じがした。
「それ、は…」
伸一にはこの場所で練習をしている訳(わけ)を話してあるからほとんどの事情を知られているというのに、思わず口ごもってしまって先を言えない。
どれだけ事情を知られていると言っても、伸一に相談したり頼ってしまうのにはどうも躊躇いがあった。



