「じゃあ、この曲は知ってる?」


「…あっ、多分知ってる気がする」




ここ数日は、練習の合間に伸一が知っていそうな曲を弾くのが日課になっていた。



それは単にあたしが作曲の参考にと思って有名な曲を弾いたのがきっかけだったけど、伸一は何を弾いても喜んで楽しそうに聞いてくれた。



あたしのピアノが伸一を笑顔に出来るだけで、それは十分嬉しい。




「うわ~、すげぇな!
麻木って何でも弾けるんだな」




伸一は机に頬杖をつきながら、関心するようにあたしを見た。



……だけどあたしは、尊敬の言葉さえも素直に受け取れない。




「……あたしは。小春ちゃんの方が、もっとすごいと思うけどな。コンクールで優勝しちゃうぐらいだし」


「………」




伸一からゆっくりと笑顔が消えていくのが分かった。



……あたし、バカだな。

どれだけ今が幸せだからって、軽はずみなことを言っちゃったら何も意味がないのに。




「…確かに、小春はすごいのかもな。だけど俺、あいつのピアノ聞いたことないからよく分かんねぇんだ」


「えっ」




驚いて鍵盤から手が離れる。


伸一はまた、悲しそうに笑っていた。



最近の伸一は小春ちゃんのことを話すとき、よくこんな顔をする。