だけどあたしの願いとは逆に、伸一は倒れた机や椅子を素早く部屋の隅にどけると、遠慮がちに部屋の奥に入っていった。



戸惑うあたしはその場で奥に歩いていく伸一の背中を見つめるだけ。



伸一は部屋の内部に置かれている荷物やピアノを、物珍しそうに見ている。




「さっきの聞こえた曲って……麻木がこれで弾いたの?」


「…うん。そうだけど…」




伸一は割れ物に触れるように、ピアノの鍵盤に指先で触れた。




ポーン…と、優しい音が鳴る。




「へぇー。麻木、ピアノ上手いんだな。小春が前に言ってたとおりじゃん」




――小春が前に言ってたとおりじゃん。




伸一の口からあの子の名前が平然と出てくることにも胸がざわついたけれど、彼の言葉で余計な過去のことまで思い出してしまった。



そういえば以前に、昇降口でそんな話をしたことがあったっけ。



脳裏にあのときのお似合いな二人の姿が浮かんできて、それを振り切るように口を開いた。




「あっ、あのさ!さっき歌が聞こえてきたって言ってたけど、そんなに外まで音が漏れてた?」




不安で思わず、眉間にしわがよってしまう。