「平気な顔して二人の幸せを願えるほど、あたしは強くない。
未練だって残ったままだし、まだ気持ちさえ諦めきれてないよ」
「じゃあどうして、そんなこと……!」
訳がわからないと言うように、真藤君は声を荒げた。
真藤君のその必死さがどこから来ているのか知っている今、なんだかくすぐったい気持ちが胸に流れ込む。
……真藤君は、あたしが傷付かないかって心配してくれてるんだよね。
あたしはするりと軽くピアノをなぞって、真藤君を見た。
「……あたし、思ったの。
どうしても一番手に入れたいものを手に入れるためには、それを取りに行く途中で荷物を軽くしなくちゃいけないって」
ピカピカに磨いたピアノ。
撫でるたびに、愛しさが増していく。
あたしが一番手に入れたいのは、“ピアニスト”という夢の実現だ。
「今回のことで実感したの。あたしの夢は、生半可な気持ちで手に入れられるものじゃない。
ただでさえ人より出遅れてるのに、これ以上余計な感情に邪魔されてちゃいけない。
だからあたしは、荷物を軽くするの」
「……それはつまり。麻木は夢を叶えるために、“伸一への気持ち”をいらない荷物として置いていくってわけ?」
確認する声に、静かに頷いた。



