…ダメだな、あたし。
前を向いていくって決めたはずなのに、簡単に心が連れ戻されそうになってるよ…。
ロッカーに背中を向ければ、当然のごとくピアノが視界に入った。
こちらもまた、思い出ばかりをあたしに見せる。
でもすべてを振り切って、ゆっくりとだけど確実に傍に歩み寄った。
「…今まで、ありがとう」
堂々とそこに立つピアノに、小さくお礼を呟いた。
このピアノがあったからこそ、あたしは弾くことを続けられてきたんだ。
返事の声はもちろん返ってこない。
でも、西日を受けて光を反射させている姿が、笑ってくれているみたいだった。
「…今日は、弾かないの?」
静寂の部屋に響いた、落ち着いた声。
突然聞こえたそれに驚いて、肩が微かに揺れる。
だけど背後にあの人の気配を感じて、振り返らずに言った。
「…もう、いいの。今弾いちゃったら、きっと寂しくなるから」
「それは、あいつのことを思い出すからってこと…?」
ピアノを撫でてカバーをかけてから、背後を見て少しだけ微笑んだ。
「…どうだろうね」
「…はっ、麻木らしい答え方だな」
…真藤君はそう言うと、深くは追及をしてこなかった。
多分あたしは、その距離感が心地良いと感じてる。



