「佐奈…」
「……」
袖口から微かに見え隠れしているそれを、服の上から優しく撫でた。
顔を見て今までのこと「もういいよ」って気楽に許すことは出来ない。
けれどこうすることで、今のあたしの気持ちが少しでも伝わればいい。
“二人の心に出来た傷を、一緒に治していこう”
ピアノが作った傷は、ピアノで治していけばいい。
お母さんがもうピアノを弾けないなら、お母さんの分もあたしが弾いていくよ。
音楽なら、人の心に響くはず。
だからあたし、いつか音楽でお母さんを許す気持ちを示したいだ。
「……ありがとう、佐奈」
あたしの気持ちは、多少伝わったのだろうか…。
傷痕を撫でる手に重ねられたお母さんの手は、あたしと同じで何かを訴えかけているみたいだった。
そんなあたし達の姿を見届けて、学園長は口を開いた。
「…じゃあ、そろそろ私は行くよ」
「……はい。本当にありがとうございました。先生、これからもお元気で」
「…ありがとうございました!」
あたしとお母さんの言葉に片手を上げて答えると、学園長は門扉を抜けて駅のある方向に歩き出した。
あたしは自分が向かうべき場所に帰っていくその背中を、小さくなるまでずっと見続けていた。



