あたしはお母さんと一緒にピアノがあるリビングに移動した。
学園長も「私も佐奈さんのピアノが聞きたい」と言ったことで、お母さんの隣に立っている。
二人に見守られる中で、そっとピアノに寄り添った。
準備をしてさっそく椅子に座る。
試しに人差し指で鍵盤に触れると、ポーンと狂いのない音が零れた。
……家にあるピアノには、お母さんとのあの約束を無くしてから触れていた。
だけど学校で練習をするようになってからは全く弾いていない。
だから触れるのは何気に久しぶりで、何だかそれだけで心が震える。
お母さんとの思い出が詰まったピアノは、それだけで特別だから…。
「……あの、曲は何を弾けばいい?」
「佐奈が弾けるなら、何でも好きな曲を弾いてくれたらいいわ」
お母さんは坦々とそう言う。
その姿はすでに、ピアニストとしてあたしのことを見定めているみたい。
……でも、不思議と緊張はしなかった。
「……分かった。好きな曲ね」
楽譜も何もない、ありのままの姿のピアノに向かう。



