「…あたし、ちゃんと全部覚えてるよ。お母さんにピアノを教えてもらって楽しかったことも、“月の光”を弾いてくれた優しい思い出も」
「……」
「それにあたしにとって……お母さんは今でも憧れのピアニストだよ」
「でも私は、未熟なピアニストよ…?
中途半端な形で引退したのに、佐奈の憧れになんてなれないわ……」
「そんなことない!あたしは今でもずっと、お母さんみたいなピアニストになりたいって思ってる!
それにずっと、お母さんを目標に頑張ってきたの…。お母さんがいたからこそ、ピアニストになりたいって夢を持つことができた。
だから……そんなこと言わないでよ」
目の前が何度も滲んではクリアになる。
感情が零れるたびに、涙も同じように何粒も零れ落ちた。
涙に濡れた頬を手のひらで拭いながらお母さんを見ると、ハンカチで目元を押さえていた。
「…詩織さん、私が言ったとおりだろう?この子は今でも君の背中を追いかけている。ピアノを愛している佐奈さんにとって詩織さんは、絶対的に揺るがない夢の先にいるんだよ」
学園長はお母さんに諭すようにそう言った。
小さいけれどはっきりした声で「はい」と言ったお母さんを見て、二人が何を話していたのかなんとなく分かったような気がした。



