「どうぞ」と言いながら先輩は私が降りるのを待ってくれている。

お礼を言って外に出ると、すぐ目の前にこれまた大きな扉がそびえ立っていた。

「ここが理事長室だよ」

にこっと微笑み口を開く先輩は、もうあの気持ち悪い仮面を被ってはいなかった。
先輩が扉をノックし名前を告げると、少しの沈黙の後ゆっくりと扉が開き中からスーツの男性が現れた。

「お待ちしておりました。愛染麗羅様。大山様、ご苦労様でした。下がっていただいて大丈夫ですよ」

どこか聞き覚えのある声。目の前にいる男から発せられた声で、視線を上げ顔を確認した時、時間が止まったかのような気がした。

“失礼します”と言って来た道を引き返す大山先輩を横目に、私の頭の中は的中するであろう理事長の存在でいっぱいだった。

「どうかしましたか?麗羅様」

扉を開けた状態で私が入るのを待っている。

「あの、理事長ってもしかして…」

「どうかしたか、竹中」

私の質問にかぶせるように部屋の奥から聞こえてきたその声に、やはり、と頭を抱えたくなった。



お母さん、知り合いって…


なんだか騙された気しかしない。
だって、奥から聞こえた声はついこの間私の前に現れ、今私の目の前にいるこの竹中がつかえている男。お母さんの実の父親で、近江グループの会長…近江繁のものに間違いないのだから。

この敷居を跨ぎたくない。
この先に進んであの人に会うなんて…

嫌だ。嫌過ぎる。